2013年11月11日

相撲の美学

今年の締めくくりとなる、大相撲九州場所がはじまった。
毎晩(朝)、居間で「大相撲ダイジェスト」を土俵正面席(桝席)代わりにして、晩酌と風情を大いに    楽しむことになるだろう。

あらためて、相撲を好きな理由を考えてみた。
自分がやっていたから…  それだけじゃないだろう。
好きな力士がいるとか…  これといっていないんだ。
若貴ブームのときには…  逆に全く興味を示さなかった。
そんな程度なんだけど、琴線に触れているんだから、やっぱり何かあるはずなんだ。
過去、好きな理由を書いた覚えはあるが、庶民的な思い出話の類で土台なる理由が思い当たらない。

あるとすればこれかな…
「変わらない世界」が存在していることかも。
世の中、目まぐるしく変わることのほうが多いから、変わらぬ造詣(ぞうけい)を自然と見直しているとか。

年齢を重ねると、神社やお寺を巡りたくなるという。
趣味も陶芸や書道、俳句や短歌などに、畏敬の念を抱きはじめるともいう。
伝統の重みということでは、歌舞伎や能、落語にも通ずるであろう。

もし、大相撲の所作が変わり、髪型が自由となり、まわしの下にスパッツをはいてもいいようになったら、   僕は相撲から遠ざかるだろう。
大相撲の不文律に、「女性は土俵に上がってはいけない」とされている。
正論は割愛するが、時代的な伝統背景を形式的に残しておくことも、大相撲の歴史に叶うと思える。
個人的に相撲から遠ざかるであろう理由も含めて、触れないでそっとしておくべきこともあるんだ。

相撲が好きな土台は、変わらぬ世界に「相撲の美学」を感じているのかもしれない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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