2013年09月08日

東京五輪

8日 朝5時20分 「2002年 東京五輪」の開催が決定した場面でベッドについた。

決め手のひとつには、招致へのプレゼンテーションが、高く評価されたようである。
そんなプレゼンを見て、表舞台での伝達法(アピール)が長けてきたなと思った。
次第に手慣れてきた様子が見とれたし、時代のアイテムを大々的に駆使し、懇切丁寧かつ熱心な態度で語ってきた甲斐があったのだろう。
プレゼンの内容は時代の変化だろうが、その成果を示せるかは別問題となる。

懸念もあった。
理屈というプレゼンが上手すぎて、肝心の感情が揺れ動かされないことがある。
データ分析、マーケティングの検証などのリサーチも重要だが、最後は情熱に裏打ちされた信頼度だ。
情報化社会だから、開催要素をかき集めることは簡単だが、一番注目されるのはプレゼンではなくて、その国の日常民度なのだと思う。

人を見る目を養うには、オフィシャルな空間よりも、日常のプライベート空間を見たほうが早いもの。
このあたりは、会社案内のパンフレットみたいなもので、化粧をしたり着飾ったりしながら、いい会社で あることをアピールするのと同じこと。
本当にその会社を知りたければ、掃除のおばちゃんに聞くのが早い。
陰ながら地味な立場に対して、普段どういう態度をとっているかに、会社の民度が表れているからだ。
飲食店であっても、トイレの不潔な店の客層は高が知れている。

私事、北京五輪開催前の2001年、中国の北京へ行ったことがある。
トイレと路上マナーを見て、「この国で五輪が開催されて大丈夫か…」と思った記憶がある。
結果として、2008年に開催されたが、このように無意識に大衆民度を見ているわけだ。
身近な選挙にしても、当選したいための言動と日常の言動、どちらに票を投じるかは明らかだ。
言葉は巧みだが信用できない人、口下手だが態度に説得力が溢れている人の違いにも似ている。

東京五輪が決定したのは、言動にバランスがあったことに加え、日本の民度が評価されたと思う。
震災対策や福島の汚染水問題など、不利な要素も多かったにも関わらず、こうして圧倒的支持を得たことはまだまだ日本は捨てたモンじゃない。

僕は1964年、東京五輪の年に生まれた。
56年ぶりとなる東京開催では、御年すでに56歳になろうとするところ。
はたして、人生の「ウルトラC」はあるのだろうか…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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