2013年07月31日

復帰断念

プロ野球「ソフトバンク」のエースとして一時代を築いた、斎藤和己投手が復帰叶わず引退した。

「悔いしかない…」
そのコメントは、多くの人の気持を代弁しているようだった。
故障が理由とはいえ、誰でも「あのときの判断…」を振り返るときがある。
それが良かったのか悪かったのかは別に、自分で判断したことは良しとしたいもの。

選手と監督として、名実ともに一流になった落合満博。
彼は大学を辞めて一度は秋田の実家に戻り、その後「季節工員」扱いで社会人野球から頭角を現した。
日本人大リーガーのパイオニア、野茂英雄も社会人野球からのし上がっていった。
当時、そんなに目をかけられていなかった、テスト生みたいなものだ。

ドラフト1位で入団、沢村賞に2度輝いた、斎藤投手の重圧は計り知れなかっただろう。
ゆえに目標設定も高いだけ、悔いが残ったのは当然と言えば当然である。
方や、落合や野茂は「ダメもと」で、覚悟を決めていたと思える。
ロッテ時代、落合は山内監督に「俺のことはほっといてほしい」と直談判したという。
だが、「監督が言っていたことが、後々わかってきた」というフェアさもある。
近鉄時代の野茂も、鈴木監督との確執はファンなら知るところであろう。
そんな名選手二人は、周囲からわがままと言われたけど、「悔いを残したくない」ことが共通点だった。

その結果、大記録を打ち立てた落合は選手を引退しても、名球界入りを断るどころか、本人は監督や コーチとしても、どこからもオファーはかからないと思っていたらしい。
だが、数年後に古巣である中日から監督の要請を受けたことに、多くのファンは驚きを隠せなかった。
それで監督としても功績を残したんだから、中日が落合の素質を見抜いたのである。
野茂同様、二人ともプロ野球入りしていなければ、語られずに終わった存在だったであろう。

プロより、おそるべしアマチュア選手はいる。
それに周りが節穴ばかりだったら、才能に気づかなかったともいえる。
野茂は日本球界復帰の退路まで断って渡米したんだから、自分の判断に悔いはないんだろうな。
この二人のケースは特別としても、ほとんどの選手は悔いがあるのに心境を隠そうとする。
これが一般的であり、潔さだとすると、本当は悔いがない人を探すほうが難しいんじゃないかな。
ただ、悔いがあると宣言してしまうと、次のステージに進めない気がするので言葉を飲み込むと思う。
誰でも過去に悔いを残していることはあるだろうが、今さら考えてもどうしようもないことだからね。

その意味では、斎藤投手の悔いは純粋で、責任感がにじみ出ているようである。
野球選手それぞれ表現は違えど、自分に正直な男はいつの時代も好感が持てる。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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