2012年10月22日

Jazz Talk Vol.14

63年、グラミー賞を受賞した、「スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト」
その素晴らしい演奏とは裏腹に、不仲だったことはあまりにも有名である。

音楽家は個性の強い人が多い。
いい演奏をしても、音楽以外の価値観で亀裂が入る場合もある。
表立って語られることはないが、「自分よりも人気がある」 「自分より他のメンバーにシンパシーを寄せている」だの、嫉妬じみた理由もなくはない。
中には、「ライブにオファーがなかった」 「録音メンバーに起用されなかった」 「途中からグループを外された」 「演奏をけなされた」など、威厳にかかわる理由もあるだろう。
また、「メンバーと恋におちた」なんて、愛憎な理由だってあるんじゃないかな。
それなら、「演奏レベルがおぼつかない」のほうが、まだハッキリとしてていい。

調整せざる得ないのなら、「音楽の方向性が違う」とかで、しこりを残さないのが大人の対応だろう。
それにメンバーの不仲なんてのは、人生観も違うんだから、周りがとやかく言うこともないと思う。
もちろん、何かあったら協力し合うのがメンバーであり、演奏をはじめたら、ひとつの目標に向うことが  グループの価値なんじゃないかな。
最大の目的は、リスナーにいい音楽を届けることであるし、いいギャラをもらえばいいと思う。

10年ほど前、関西の有名女性ピアニストが自身の自伝の中で、グループの内輪揉めを暴露した。
あの本で嫌だなと思ったことは、ペン先が個人を異常に特定していたこと。
それも、あんな不細工な下りを、読まされる身にもなってほしいわけ。
書籍は残ることを考えれば、内輪揉めを書き綴って、世に送り出すことに抵抗を感じなかったのかな。
当時は相手も現役の先輩なんだし、一方的に意見を書き逃げするのはフェアじゃないよね。

不仲だからこそ、ビジネスとして割り切って、稀に評価されるときもある。
だけど、いい音楽の送り手が、メンバーのゴタゴタを公開することはよくないと思う。
ジャズファンとして、禁断の書というほどのものではないけど、購入して不快感も買ったようなもの。
ああいう本は読んでいて虚しくなるし、音楽もどこか怨念のように聴こえてくる。
和解を前提にしてないから、割り切って執筆したと思うけど、相手にも家族がいることを考えれば、    ペン先は止まるんじゃないだろうか。
バンマスが誰なのか覚えてないが、これじゃ、バンマスもバンマスの役目をはたしていないでしょ。
普通なら、ビーク(ジャズ特有の逆さ言葉)もんだよな。

音楽家だからといって、ペン先にスピーカーをつけたらいけないよね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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