2012年10月14日

Misty

今晩は指向を変えて、ジャズの思い出話をひとつ。

東京時代、会社のチーム数十名で新宿へ繰り出した。
地下へ下る店内、レンガ作りの個室パブ風な雰囲気だった。
ドイツビールとソーセージを楽しめ、ウォルナットのアップライトピアノが隅に置いてあるスペースが、  その晩に貸し切った席である。

幹事は中間管理職(以下、Aさん)がセッティングし、趣旨はプロジェクトの慰労会。
僕も二十代だったので、硬いことは避けるようにして、各自と思い思いの話に夢中になった。
酒の勢いもあるので、その場は大いに盛り上がり、そろそろ一次会を締める時間に差しかかった。

すると、Aさんがピアノに歩み出したので、その姿を目で追った。
立ったまま鍵盤の上蓋をそっと開けると、「ポロロン…」とタッチと音色を確かめるように、左指でコードを押さえながら、右指を軽く右方向に走らせた。
猫足の椅子に腰をかけると、何やら曲を弾きはじめた。
優しいイントロ〜テーマ、エロル・ガーナーの美しいバラード「ミスティ」だと気がついた。

しかし、周りは仕事から解き放たれた気分にアルコールも加わっているので、簡単には盛り上がりが  収拾つかないほど、自由な会話が止まらない。
Aさんのピアノは誰も聴いていないし、弾いていることさえ興味が向かない様子。
僕は少しだけ聴き慣れていた程度だが、ピアノが付け焼刃ということだけはわかった。
もしかして、この日のために幹事を買って出て、周りを驚かせようとしていたのでは。
それにしても、この空気ではタイミングが悪すぎる。
たどたどしいタッチからして、レパートリーは「ミスティ」だけであろう。
名残惜しむようなエンディングテーマなのに、依然と会話に夢中になっているメンバー。
Aさんは、ダンパーペタルから右足を離して、静かに上蓋を閉めてから席に戻ってきた。

誰も気づかない状態で拍手をしても、痛々しいだけなので、ビールを持って隣の席に移動した。
ピアノには触れず、「エロル・ガーナーって、盲目のピアニストだったんですよね…」と声をかけた。
少し照れた笑みを浮かべられ、ジャズに共通項が見出せたので、早送りながら会話を詰め込んだ。
独学であろうが、教室で習おうが、人前で演奏してこそのピアノである。
その演出は空転したけど、今度は静かな場所でさりげなくっちゃね。

確実に定年退職をしているAさん。
今頃、健気にどこかでピアノを弾いているんだろうか…   リクエストはもちろん、「ミスティ」さ!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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