2012年09月17日

高齢愛の日

今日は敬老の日。

65歳以上の方を敬老とするのか、精神的による部分とするのか、演出がハッキリしない祝日である。
家族と食事をしたり、孫を交えて親孝行されたり、誰かと一緒にいる高齢者はまだ幸せだ。
でも、そうじゃない高齢者も多いはず。
そういう、孤独な人たちのためにも、この日だけは手厚く「高齢者の祭典」を企画したらどうか。

例えば、身寄りのない高齢者が気軽に集合できて、楽しめる場所を提供する。
その集合施設を自治体が設定して、各地域からマイクロバスで送迎し「高齢者合コン」をするんだ。
何か催しを用意して、お茶菓子なんかも配り、高齢結婚を誘発する場を演出。
念のため、会場には医師と看護士に待機してもらってさ。
まずは、ひとりの状態をなくすことで、晩年の気持にハリを持ってもらう。
高齢者のひとり暮らしは寂しい… 「気が楽でいい」なんてのは強がりだと思う。
同じ者同士、気軽に出会える場所があれば、敬老の日は「出会いの楽園日」になるんじゃないかな。

呆れた成人式に税金を投入するぐらいなら、敬老の日に予算を充てたほうが実りある福祉活動となる。
集まる高齢者は、家族の世話にはなりたがらない、ある意味では自立した考えの持ち主でもある。
それに晩節意識の高い高齢者ばかりだから、人に無駄な世話を焼かせることも少ないでしょ。
高齢化対策とは、身寄りのない男女を結び合わせることでもある。
そして明日から、「がんばって、楽しく生きるぜ」という、前向きな気にさせるんだ。

好きな相手ができれば、その人の家へ出かけたり、公園で待ち合わせるだけでも、行動する気力が  湧いてきて心身ともに満たされるようになる。
僕ならスキップをふんで、「ヒョッ、ヒョーイ」とか叫んで、喜んで会いに出かけちゃうね。
女性の性欲は灰になるまでとは言うが、男だって負けちゃいられないでしょ。
やっぱり、男と女は求愛しあう生きものであり、最期は抱き合える人生が幸せだと思える。

敬老の日は、「高齢者の出会いの日」に認定するべき!
この先、僕らの世代が高齢未来を創るんだから、それこそ「高齢愛の日」にすべきだ。 \(^o^)/
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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