2012年08月08日

つぶやく選手

「五輪開催中に、いちいちつぶやくなよ… まだ終わっちゃいないよ」

スポーツニュースの枠で、五輪選手がツイッター上で「勝った、負けた」「ありがとう、楽しかった」など、心情をつぶやいていた様子が紹介されていた。
それによって、選手とファンが身近な存在に感じられるのだろうが、僕はどこか違和感がある。
律儀なコメント(つぶやき)には取れるけど、へりくだった親切のようにも取れるんだ。

ロサンゼルス五輪、陸上4種目金メダリストに「カール・ルイス」という米国の選手がいた。
その後の活躍は知るところだが、ゴールした瞬間でも、鬼神のような険しい表情が印象的だった。
もしその頃、ツイッターとやらがあって、彼がこうつぶやいたとする。
「イェーイ、やったぜ、みんなのパッションがマイエナジーとなり、愛と勇気でドリームゲット!」
その瞬間、あのゴールで見せた強面の厳しいイメージが、一気に幼児がかってしまうでしょ。
沈黙こそが、その選手の強さであったり、ペラペラつぶやくことだけが想いを伝える手段じゃない。
やっぱり、勝負に生きるアスリートには、アスリートのイメージがあるんだ。
女性はいいよ、まだ性分だから…  男だよ、お・と・こ!

中日ドラゴンズの元監督 「落合博満」が試合が終わった後、こうつぶやいていたらどう思うだろう。
「今日は球場に来てくれて、熱い声援をありがとう (m^ェ^m) 」
「負けたけど、まだ勝負は下駄を履くまでわからないよ (^o^)v 」
しかも絵文字で、アクセサリーまでつけて、逆に読みにくくしてさ。
勝負に生きる男のようには思えないし、僕の中の落合監督のイメージは変わっちゃうだろうね。

アスリートは、ストイックじゃなきゃだめだ。
勝っているときはいいけど、負けが続いているとき、そんなこと書けるかってこと。
ひとつ間違えたら、「言い訳」としかとらえかねないであろう。
それにファンへ過剰に気を遣い過ぎると、いつの間に卑屈な文章になってくるからね。
もう一度言うが、勝っているときはいいけど、負けたときに同じようなことを書けるかってこと。

感じのいい人かもしれないが、勝負に生きる選手のつぶやきはなじめないのが、僕の本音である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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