2012年07月18日

Jazz Talk Vol.12

青春期、音楽をレコード盤で聴いていた世代にとって、ジャケットの個性も楽しみのひとつだった。

ジャズの有名どころなら、「ジョン・コルトレーン」「ソニー・ロリンズ」、「マイルス・デイビス」などは肖像画を感じさせるような迫力があった。
今のCDジャケットに至っては、絵画として味わうには物足りなさ過ぎる。
それに昔のミュージシャンと比べて、同年齢であっても幼い気がして風格を感じない。
それが無理に大人ぶった写真ほど、どこかスナック菓子のような軽さを感じなくもない。
そうだと音が透けてしまうようで、ビジュアルと音源には無意識な相関図があるようにさえ思える。
レコードジャケットは、音楽と個性を知らせるものであって、少しこだわりがなくなってるようで寂しい。

僕が一番最初に聴いた音楽は「ボサノバ」だった。
それも、「マシュ・ケ・ナダ」で一躍有名になった、「セルジオ・メンデス&ブラジル66」である。
そのアダルト感覚が漂うレコードジャケットが、子供心を刺激して「大人ってカッコいいなあ」と思った。
ジャングルの中で、黒いスーツを着込んだ4人の男たちが、無表情で鋭い眼光を向けている。
少し離れた木陰から、原色のドレスを身にまとった、妖艶な大人の女が2人。
ジャケットを眺めながら、「誰と誰ができてんのかな…」などと、ませた空想をして楽しんでいた。
それほど昔のジャケットには、「大人の香りが漂う色気」みたいなものがあったと思う。

若者がジャズを聴かなくなったのは、ジャズを演奏する大人がカッコ悪くなったからもある。
ズボンをハイウエストではいていたり、演奏中の笑顔が不自然に引きつっていたり、バーコードの髪型で黒いサングラスをかけていたり、外見的な特徴にダンディズムが欠けているのだ。
それが「女殺しの口説きのバラード」とか言って、演奏者が「とっちゃん坊や」みたいなルックスだったら、ムードが浮いちゃうよね。
それに、テンション(緊張感)の高い音を聴きたいと思えば、かっこよさもともなってのジャズである。
近年、渋いルックスで情感的にバーボンが似合う、ジャズメンらしい、ジャズメンが本当に少なくなった。

人前で演奏する以上、見た目がほどほどかっこよくないと、場の支配力に欠けてしまうんじゃないかな。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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