2012年07月16日

2012 新潟ジャズストリート

「2012 夏の新潟ジャズストリート」の会場を早足で回った。

自身の開店時間は押せないので途中退席してきたが、今や新潟の風物として定着してきた様子だ。
感覚的には、祭りの出店を眺めているつもりなので、上手い下手なんて表現は妥当ではない。
音楽の祭典なんだから、素直に楽しむべきなんだ。
演奏も各会場の雰囲気に合わせて、神経の行き届いた選曲である。
ジャズの基本路線は外すことはないが、時代的に極度のジャンル分けは望まれてなく、音楽そのものの交流場に変化を遂げてきたと思われる。

今回は聴きそびれたんだけど、高等学校の吹奏楽部(ビッグバンド)を直に見たかった。
と言うのも、一般のアマチュアグループと比べて、学生は圧倒的に練習量が豊富なのが強み。
それにひとつのグループで、キッチリと練習を積み上げてくるのでやる気も感じる。
テクニカルな部分は、次第にかたどられていくので、今からそんなに焦ることもない。
練習したからいい演奏ってことはないけど、シャカリキになって練習した曲は耳に心地良く届くものだ。
次回の楽しみにしておこう。

ジャズはメンバーやジャンルの取り合わせに自由度がある。
それが逆に、譜面合わせの演奏に陥ってしまう場合もある。
聴き手の耳は、いつまでもとどまっていないから、聴くたびに変化を与えてこそ出演者冥利に思える。
寧ろ、演奏スキルよりも、音楽的な味わい(情感)の方にほど近い。
シビアなことを言えば、出演グループが多くなればなるほど、全体レベルが下がることは仕方がない。
物理的にあたりまえのことだが、線引きは必要という声もあるにはある。
それだけ、耳がこえてきたと思うし、期待されているからであろう。

今は音楽環境も恵まれており、平均点も高くなっているが、肝心の個性が失われつつある。
昔は「弾いた・吹いた・叩いた」だけで、「あの人かな…」と思わせたジャズがあったと思う。
近年では仕事が忙しい立場ながら、「イベントはミュージシャンに変身します」人がほとんど。
仕方ない話なんだけど、気分だけじゃいいソロに、なかなかめぐり合えないのは本当のところだ。
職業プレイヤーは数えるほどしかいないが、やっぱり現役の専従は何かが違うのは明らかである。
当然、良し悪しの問題でなく、名前で聴きに来てくれた人の期待を裏切らないようにする意味でもね。
近年、様変わりをしていったプロアマの音楽シーンでは、今こそフュージョン(融合)の時代であろう。

僕なんか、その上で、「ジャズが一番好きだ」と公言しているんであってさ…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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