2012年05月15日

本割の心

14日夕方、身支度をしながら、大相撲中継九日目を見ていた。

最近では、聖地の両国国技館でも空席が目立ち、お世辞にも活気があるようには見えない。
力士にオーラがないんだから、観客もそれなりになってしまい、場の空気もたるんでくる。
今に始まったことじゃないが、間延びした顔で取組みを見ている客も多いようだ。

本当の相撲好きは、向正面の席に座らないものである。
後ろからでは、力士が所作を合わせる仕切りが見にくい。
行司が勝負を裁く、緊張の面持ちも見えやしない。
横綱の土俵入りや弓取り式だって、正面から見ることでその美しさがわかる。
それに立ち合いのあうんの呼吸、肉弾がぶつかり合う瞬間こそが正面から見る迫力である。

日の丸のゴールデンハットをかぶった客がいたり、どっかのクラブのママが顔を売り込んでいたり。
九州場所では三役の取組みになると、決まってどっからか7〜8人の芸者が横一列に整列してくる。
勝負論に我関せずな観客ばかりでは嘆かわしいし、理屈抜きに大相撲は真剣勝負をうたっている。
せめて本場所の本割ぐらいは、取組みを真剣に見て、勝負の空気を作り上げて欲しいものだ。

そんな中でも、今日の結び前の一番、「稀勢の里 対 琴奨菊」の一戦は見ごたえがあった。
本当に期待がかかった一番では、逆に場内は静まり返ってくるものだ。
力士は、オーラで黙らすぐらいの迫力を本割で示せないようでは、出世しても大したことはない。
相撲は型や基本に、忠実な力士が出世するといわれる。
「負けたけどいい相撲だった」と、称賛される所以はそこにある。
それに勝ち名乗りを受けるとき、手刀で「心」という字を描いているのを知っているだろうか。
先ほど例に挙げた観客たちに、本割の心はあるようには思えないのである。
神事な場だからこそ、観客も所作が必要なのだ。

向正面の観客は、意外にも相撲を知らない連中が多い。
テレビで観ている若い大相撲ファンは、相撲の様式美を勘違いしてはならない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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