2012年04月15日

アカペラ娘

14日、新潟駅前で飲み会があった後、顔を見せてくれた30歳前後のNくん。

おもむろに、「彼女の誕生日に、ジャズのCDをプレゼントに添えたい」という。
それで、「何がいいかな」って話なんだけど、僕の意見は、「ジャズはやめておけば」になる。
ジャズって、自分が思っているほど、相手にイメージが伝わらないものである。
彼は、「橋から見た川に映る夜景」をイメージしたが、彼女は、「客船から見た対岸の夜景」をイメージ しているかも知れない。
描き方は人それぞれだけど、気持ちをひとつにするには、表現上の解釈が難しいかも。

それでも、彼女に想いを伝えたければ、素直に日本語の歌詞がいいかと思う。
じゃあ、英語の歌詞はと言ったら、対訳せずに贈ったら、とんでもない歌詞だったなんてこともある。
例えば、英語に対訳された、さだまさしの「関白宣言」、平松愛理の「部屋とYシャツと私」を知らずに  聴かされていたら、何だか「ドキッ!」としちゃうよね。
それと同じで、歌詞を知らずに贈るのは、結構と勇気がいるものだし、贈り方もあるだろう。

こんなエピソードがある。
20歳のとき、大宮でひとり暮らしをしていた。
その頃、女子高生から「聴いて下さい」とつぶやかれ、一本のカセットテープをもらったことがある。
手作りのかわいいイラストジャケットに、柑橘系の香水をちょっと染み込ませていたかと思う。
女子高生が恋愛感情を抱いて、プレゼントしたのかどうかはわからない。
その夜、小さいラジカセで再生すると、「音符のように、すれ違って…」だったかではじまる、松田聖子の「天使のウインク」だった。
「へぇー、かわいい贈り物をするんだな」と思って、聞き流していたが、二曲目に恐怖を感じた。
同じ「天使のウインク」でも、女子高生本人が肉声で歌う、アカペラ(無伴奏の歌声)が流れてきた。
僕は音符のように…びっくり仰天、「ワーオ」と叫んで、四畳半一間のせんべい布団でひっくり返った後、壁に向かったままじっとしていた。
過剰過ぎる女子高生の演出に恐れを抱き、しばらく落ち着かない通勤が続いた。

うん、音楽を人に贈るのは難しい。
聴いている人は、歌詞に気分を奪われたままの状態になるので、高ぶりに後押しされて贈るだろう。
だから、僕は自分が感動したからといって、人に音楽を贈ることはない。
あるとすれば、理屈じゃない感情に動かされたときかも知れないね。
それでもジャズは大好きなので、稀に同じチャンネルを持つ人とは、子供のように目を輝かせ合い、  音楽談議にのめり込んでしまうときもあるんだけどね。

Nくん… 彼女に贈るのなら心情がわかる音楽、取り分け日本語の歌詞がいいかと思うよ。
それに今はまだ、君のアコースティックギターによる、弾き語りは聴かせないほうがいいだろう。 (笑)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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