2012年04月11日

ムダに長い

某日、某所の某会合に出席した際、あまりの長さに痺れを切らして、静かに退席してきた。

昔から、長い会議ほど苦手なものはなかった。
テーマがしっかりと議論されていれば、ムダに長い会議にはならないはず。
どこの会社でも、会議が好きな上司っていると思うけど、前口上が長くて進行しない。
早く終われば終わったで、「時間をかけて、話合いをしてない」と言い出す人もいる。
これをおかしいと思うのは、時間を費やしたことほど、あまりいい結果をもたらさないんだ。
それこそ、パワーゲームに興じている人ほど、議題を詰め込み過ぎる傾向にある。
つまり、時間をかけることに満足感をもってしまうため、内容よりも言葉の数が称賛されるようになり、 そうなると周りは、充実感より辛さを感じてくるんだ。
時間をかけて上手く行くのは、物理的な力が要することであって、普段の仕事にほとんど適さない。
現場に戻って仕事をしたいタイプからすれば、苛立ちを覚えるのは無理もないだろう。

その会合は、参加者に異常なまでに気を使い過ぎて、結論に到達できないまどろっこしさがあった。
僕も参加者の一員だったけど、庶民感覚ってひねくれた質問を飛ばすことじゃないしね。
まだ、「具体的にそこは議論したのか」だったらわかる。
だが、「時間をかけてもっと議論すべき」と言う人って、話し合いを留めておくことに、「保留の美学」でもあるのかな…、とさえ感じてしまうんだ。

会議や会合の進め方を、いっぱしに解説している訳でないし、そんな能力など持ち合わせていない。
僕が言いたいのは、もう少し世代を越えて、肩書や過去の栄光に肩肘を張らず、自然に会話できないのかなということ。
肩書を手にした人は、どこか社会を生き抜く術として、無意識のうちに人を押しのけて支配したいという 願望が強いようだが、その先にあることに思いは至らないようだ。

脈々と書いたけど、本当のところ、焼鳥を買いに行く時間が押してきたので、退席したんだけどね (笑)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック