2012年03月16日

会社の朝礼

「おはようございます」、僕に文才があれば、いろんな会社の朝礼を題材に取材記事を執筆してみたい。

そう思う理由は、会社の社風は朝礼の内容に、色濃く反映されていると思うからだ。
僕自身、会社勤めも長かったので、社長が変わるたびに朝礼が刷新されるのを見てきた。
社長のワンマントークもあれば、体育会系な朝礼、形式的な朝礼、朝礼のための朝礼など、その形こそ千差万別である。
他に知る限りでは、ラジオ体操、社歌の合唱、社内訓話の唱和、三分間スピーチ、営業成績の追及、 あるいは、声出しなども多いようだ。
中には、はちまきを巻いてシュプレヒコールをしたり、全体を盛り上げる演出もあるようだ。
さすがにあまり聞かなくなったが、営業成績の悪い営業マンが全員の前で頭を下げていたり、強い叱責で灰皿や机上のモノを投げまくられていたり、涙ぐましい鬼の演出も一部では、まだあると聞く。
それをやっていると、ビシッと締めた気になるのが、団塊世代の特徴だった。

会社によっては、いろんな啓発の仕方があってしかるべきかと思う。
だが、言いたいことが伝わらなければ、朝礼の意味を全く持たない。
いくら怒鳴りつけても、「この人は、言わなきゃならない立場なんだな…」と、同情されているようでは、 効果はないしね。
だからと言って、借り物の言葉や建前はすぐに見抜かれる。
若い社員は上司の本気度を嗅ぎ取るし、下手なパフォーマンスを見せつけられると、うっとおしくもなる。

朝礼に限らず、会議も含めて、やる気のある人ほど、全体集会が嫌だという人は不思議と多い。
それは精神訓話が多過ぎて、思考や判断力の部分でさえ、本音が言える空気じゃなくなるからだ。
いや、寧ろ、本音を言われたら困るのが、図星であったりもする。
だから、社内の少数ミーティングや、当事者間協議の方が、建設的な話合いが保たれる。
デリケートな課題であれば、移動時間の車中や喫茶店がいいだろうし、少し胸襟を開きたいのならば 酒場でゆっくりと飲みながらの方が、意外な胸中が見えてくることもある。
そういうことが、マネージメントだと思うし、朝礼は朝礼であろう。

その意味で言えば、会社の朝礼はラッピング技術(包装紙)みたいなものじゃないかな。
僕がルポライターであれば、いろんな会社のいろんな朝礼を見て、中身を考察してみたい気がする。
会社の朝礼はベールに包まれているものだが、陽の目にさらしたら、目からうろこが落ちるかもね。
サブカルチャーとしては、なかなか、おもしろいと思うのだが…。

はっきりしていることは、「無駄な独演会」を、ほったらかしにしている組織はろくなもんじゃない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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