2011年12月22日

家族ゲーム

21日、映画「家族ゲーム」(1983)の監督で知られる森田芳光(61)が、急性肝不全で死去した。

今映画の主演「松田優作」、配役に「伊丹十三」「由紀さおり」ら、豪華な顔ぶれが異彩を放った。
有名なエピソードだが、森田監督は企画会議で松田優作の主演を渋りながらも、ダメもとでオファーしたところ、本人が脚本を読んで即座に引き受けたという。
アクション俳優のイメージから、脱皮したがっていたときなだけに、お互いの利益が一致したと思える。
しかも、製作4千万の低予算に対し、当時の松田優作のギャランティーは一本1千万だったのに、この映画は、百二十万で引き受けたと聞く。
金額だけではなく、森田監督に惚れなければ、到底できなかった決断だったであろう。

肝心な映画の評価は、リアリティーの部分で、多くの意見が真っ二つに割れると思う。
僕の意見をはっきりと言えば、つかみどころのない映画は好みではない。
だが、それまでの映画になかった、自閉的な演出は印象に残った。
淡々な台詞と生活の音だけで、音楽のない映像に浮き足立った世界を感じた。

その昔、東京原宿のバーで、映画関係者と雑談しているときに聞いた業界話だ。
映画に音楽を乗せるときは、画面が弱いシーンを補う場合であり、強いシーンでは逆に音楽はうるさく 感じるそうだ。
それが、映画音楽のセオリーであれば、セオリーを無視した映画なだけに、見慣れない不気味な映画に仕上がるため、賛否両論が起きることは、無理のないことであろう。
日本では独特しく不評でありながら、ニューヨークの映画祭では、逆に評価が高かったという。
僕はその評価に対して、日本人を奇異な目で見た、皮肉交じりな評価だと思っている。

映画のシーンで、食卓に横一列で並び、黙々と食事をするカットは有名だ。
実はあのアングル、バーテンダーがカウンターの中から、見ることができるフレームに近い。
僕からすれば、毎晩がリアルなレイトショーであり、大げさな言い方をすれば、ジャズが流れる空間で 毎晩配役(ゲスト)が変わり、自由気ままな台詞が交されて、やがて静寂が訪れる… そんな感じかな。
それに、森田監督が松田優作の、「違う顔」を引き出した映画でもある。
僕もお客さんの、「夜の顔」を見ていると締め括れば、この私見な文章は収まり着くであろうか。

そんな「家族ゲーム」は、松田優作の家庭教師役が生んだ、「ミスキャスト」が成功した感が強い。
また、アクの強い役者で有名な松田優作を使い切ったところに、森田監督の非凡さを感じた。 合掌。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Cinema Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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