2011年11月28日

20年を経て…

バブルの好景気に沸いていた、「1986~1989」年頃。

僕は世間知らずの若者であり、会社側からすれば都合よく、理不尽な扱いにも従っていたと思う。
会社は、テレビの冠番組を持つほど潤っていながら、利益が社員へ還元される仕組みがなかった。
バブル景気の恩恵は受けることなく、「会社から、必要とされているんだ」という、純粋な使命感だけで、 身を粉にして前線部隊へ志願して行った。
中小企業から急激に成り上がった、「同族経営」の虚しさを知ったのは、それから何年か後だった…

そんなバブルが崩壊する、「1990」年某月。
早朝、会社から電話でたたき起こされ、僕が担当する品川区の現場へ向かった。
現場に着くと、二人の捜査員に身辺を囲まれ、持ち物検査と所持している鍵一式を照合された。
さらに、現場のあらゆる書類などを、ダンボール箱に入れて持ち出されていく。
何が起きているのか、わからぬまま、新宿の本社だけでなく、関東近辺で東京国税局による、一斉強制捜査へと踏み込まれていた。
それは映画「マルサの女」さながら、会社が脱税行為を犯して、全国ニュースにもなったほどだ。
社長は容疑を認め、「愚かなことをしてしまった…」とインタビューに答えたが、それによって事態が好転するはずもなく、もはやこの後の希望は描けなかった。

会社は本業以外にも多角経営しており、海外にも進出していたが、事件を契機に業績は悪化した。
僕ら世間知らずの若者は、愛社精神と忠誠心だけで夢を描いていたが、それまでの脱税行為を知る由もなく、無責任な解散へと追い込まれていった。
僕は海外事業部へ配置転換が内定していたが、師と仰ぐ常務が社内政治で失脚したため、次第に意図していない環境に取り囲まれてきた。
常務は若い精鋭を数名ほど引き連れて、新会社を立ち上げたが、僕には声はかからなかった。
新会社では、戦力にならないと判断されたようだが、不思議とショックはなかった。
それはもう、精神的に独り立ちしなきゃいけない時期と、重なっていたからだと思える。
僕がしたことは、会社に置き忘れた常務のゴルフバックを、指定された愛人のマンションに届けただけ。

自分で言うのもなんだが、誰よりも真面目で熱心な姿勢は、関連部署からも買われていたようだ。
関連の幹部から、よく喫茶店に呼び出されて、どこか含みをもたせた口調で話を切り出されたが、漠然と会社の外に夢を描いていたので、どんな説得にあっても心はそこにはなかった。
会社からは、退職金代わりの十万円を頂いたが、その夜、東京の仲間を集めて新宿で飲み明かした。
だが、虚しさを残したままで、新潟に帰ろうとは全く思わなかったし、寧ろ、これが契機となり、次の展開へ行くことになったので、起死回生だったのかも知れない。

物語風に末尾を伏線めかしたが、正真正銘 「26歳」のドキュメントである。
30年前の記憶を追いかけるのは遠いし、10年前の記憶は近くて生々しいものだ。
そう考えると「20年」であれば、赤ん坊が成人式を迎えるほどの年月が経過したので、区切りという見方では、決まりをつける意味でも、こうして言葉を残しやすいと思える。
僕の今の年齢からすれば、それが今後は「10年」ペースで書き綴れるのかも知れないね。
いつまで続くかわからない、「ブログ日記」だが、記憶を整理して筆記(打つ)することは、自身を律する意味でもあり、何よりも記録を残しておくのは、面白いんじゃないだろうか。
もちろん、人との関わりで書けることなので、縁を平気で粗末にすることは、絶対にできないよね!

僕は来月 「47歳」になる。
「20年」という時の流れは、僕の生活をすっかりと変えてしまった…   だから、人生おもしろい!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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