2011年11月15日

高見盛と垣添

14日、雨が降り出しそうな空模様だったので、少し早めに銀行へ行き、食材の補充に各所を回った。
途中、某養護老人施設に立ち寄り、テレビの大相撲中継の和に加わり、しばらく身を置いた。

十両の西十枚目まで番付を下げた、寄りきりを得意とする、高見盛。
幕下の西六枚目まで番付を下げた、突き押しを得意とする、垣添。
幕内の頃から、立ち合いで変わらないことを心情に、精根込めている両者を応援している。

両者はもうとっくに、ピークを過ぎた力士ではあるが、実にかっこよく見えるのだ。
下から追い上げる若手力士に、転がされようが、張られようが、それでも愚直なまでの一番である。
そこに年老いた哀しみはなく、「俺に土をつけて、上へ行け」と、言わんばかりの厳しさも感じる。
その愚直な姿は、十両と幕下の登竜門たる、番人になっているような気がしてならない。

人には、それぞれタイプがある。
強さのピークをてっぺんに考えて、自分自身に陰りが見え始めたら、突然の引退宣言をするか。
それか、徐々に静かに身を引いていくか。
それとも、痛々しいほど、壊れかかっても、石にかじりついてでも続けていくか。
個人の美学によるところが大きいし、両者を見ていると相撲が好きなんだろうな。

サッカーのように人気があり、派手なエンターティメントを観ては、「パワーをもらった」なんてことばかり聞くが、誰もあまり注目しない地味な世界にこそ、庶民的な夢や感動が存在していると思える。
だが、人の心は複雑なもので、遠くにいる人の成功には感動したり、祝福できたりするが、身近な成功者には、心中穏やかになれないのが、人の本音であったりするものだ。
実は、日の当らないところを見渡せば、身近にパワーがあることに、気づいてないだけかも知れない。
番付を下げても、土俵に上がり続ける両者を観ていたら、何かそんなことを感じてきた。

好きなことを、好きなだけやればいいし、ボロ雑巾になって引退したっていいんだよ… 高見盛に垣添。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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