2011年10月31日

映画鑑賞

映画は、「ひとりの時間を寛げるから好きだ」というのは、以前までの私見。
今では、「誰かと一緒に観に行くから映画だ」と思い直した。

一緒に行く相手がいないのはともかく、ひとりを好むのは、「静かに集中したい」、「邪魔をされたくない」など、内向きな理由が多い。
否定しないが、一緒に行く相手が出来た場合、内心で邪魔者扱いされてたら、何たる心外であろうか。

独り善がりの感性しか生まれないよ。
自分以外、他者の感性にも触れておかないと、もったいないって。
自分の感性を引き出してもらったり、相手の感性も知ることにより、その映画は自分のモノになるのだ。
だから、映画を観るときは第三者の存在、そう、欲を言えば女性が必要なのである。

僕の考えが変化したのは、相方の存在が大きく、映画を観に行くときは連れて行く。
男は大雑把な見方をするが、女のディテールはきめ細かい。
男では気づかない部分を見ていることもあるので、内容がより解説的となり、更に広がりも増す。
それこそ、もうひとりの自分を分身として、持つことができる訳である。
男から見た映画、女から見た映画、二つの視点を知ることは、神経過敏な男女平等に振り回されるより、もっと男女の根幹を分かり合う価値があると思える。
最近なら、韓国映画「アジョシ」について語り合ったが、その感想に正解などなくて、自分の意見を言い、他者の意見も聞くことによって、内容がそしゃくされ、映画が吸収されていくんだと思う。
映画は可能な限り、他者と一緒に観に出かけるべきだ。

明日1日、「映画の日」とされている。
たまには仕事帰り、誰かと映画館に寄り道してみたらどうだ。
映画は観るためだけでなく、映画を語るのも楽しいからさ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Cinema Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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