2011年10月22日

断末魔の叫び

20日、リビアの最高指導者だった、カダフィ大佐が銃弾で撃たれて殺害された。
42年間に渡る、独裁政権はピリオドを打たれ、民主化運動は高まる兆しである。

独裁者の最後は、相場が決まっているように思える。
暗殺か病死、クーデターによる失脚、せいぜい国外逃亡であろう。
その生涯は、不意討ちに怯えた人生を歩まねばならない。

カダフィ大佐は、27歳で権力を手中にしたという。
その若さで側近に取り囲まれて、おだてられていれば、そりゃ自惚れてしまうよ。
権力で命令が執行されたときは、権力に酔いしれて、溺れていくのが、人間の弱みである。
それぐらい、独裁者のトップダウンは、不条理な怪物にもなるのだ。

また、気が弱いから、独裁者になりたがる。
一度、権力を味わってしまうと、権力を失う恐怖から、脱却できなくなると思う。
脱却できないのは、覚悟を決められない表れであろう。
それが証拠に、他人は死んでも平気だが、自分の最期は、命乞いをしたというではないか。

しかし、カダフィ大佐の遺体の周辺で、喜びに興じている、国民の姿を見て思った。
互いの立場から、正義を主張し合うだけで、この世に本当の正義なんて存在しないのではないかと…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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