2011年09月22日

ビニール傘

21日、開店から台風情報を知るため、しばらくテレビを点けていた。

都心部では、瞬間最大風速36mの突風の様子が映し出され、尋常ではないことを実感した。
同時に、街中からの台風中継を見ていると、暴風雨の中で傘を差すものの、ことごとく突風で傘の骨が折れたり、傘が反り返ったりする場面ばかりだった。
日常でも、同じ場面を目撃することもあるが、いつも思うことがある。

そのほとんどが、ビニール傘であり、もう壊れて使えなくなったと思われる傘の行方である。
そのまま、道路に投げ捨てていく人もいれば、街路樹の植え込みに突き刺していく人もいる。
ビル建物の玄関付近に、白々しく立てかけて去る人。
街の死角に身を隠して、こっそりと捨てていく人。
中には、自動販売機の上に置いて、堂々と去る人。
ちゃんと家に持ち帰って、決められたゴミの出し方で、処分をする人っているのかな?
壊れた傘の捨て方に、性格が筒抜けだったりするので、その光景を目撃するのは結構と面白い。

ビニール傘は、壊れること、捨てれること、失くせること、盗まれること、そして雨さえしのげれば、誰かにあげられることが、購入する前提となっている気がする。
それに傘は窃盗罪として、立件されたケースはあるのかな。
突風で壊れた傘を持っている人を見かけると、その廃棄の行方を聞いてみたい気がする。
それでも、傘の骨組が折れ曲がったまま、気合で差している人を見かけると、僕と同じ貧乏性のようにも思え、どこか親近感を抱いてしまう。

そういえば、不思議とビニール傘が、自宅の玄関に増えているときがある。
だいたい、飲食店の帰りや友人と別れた後、何か気軽にビニール傘をシェアし合っていたり、無意識に押し付けあっているような気がしないでもない。
それが証拠に、今夜24時にタクシーでご帰宅の、「小柵本 筆」さんは、ビニール傘を見事に傘立てに置き忘れていたので、乗る寸前に届けたというか、「はい、持ち帰って」と押し付けた。
これでやっぱり、ビニール傘は無意識に使い捨てにされてしまう、運命であることが判明した。

僕の人生も、骨が折れたまま捨てられる、ビニール傘のようにも思えなくはない…  はぁ〜。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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