2011年02月12日

八百長

連日、八百長という言葉が踊らない日はない。
日本人がこれほど、八百長に騒ぐ背景には、何かの気質がひそんでいるようでならない。

日常生活にも、無意識な部分で八百長は横行している。
最たる一つに、情報誌などがある。
例えば、飲食店の新規開店や営業場所は事実だが、その後に続く紹介記事は自作推薦型で、文脈が怪しいと感じることが多い。
だいたい全部が全部、美味しい店などある訳ないだろう。
それこそ、事実と八百長の混成記事だ。

会社組織も、少し似た性質を持つ。
問題を荒立てず、なるべくなら“うやむや”にしようとする、事なかれ精神が根強い。
だが、組織内部の人間がそこを突くと、変わり者扱いされたり、嫌がらせに似た無言の報復もある。
だから、「黙して語らず」が身を守る安全な処世術となり、次第に癒着人事や互助会組が出来上がる。
これも、事実と八百長の混成組織だ。

人間は無意識に八百長の方が、角が立たないことを判っているが、それでは心のバランスが保てない。
だから、時にはガチンコ(真剣勝負)側に立って、八百長を糾弾したいのかもしれない。
つまり、日本人はガチンコには憧れているが、本当はガチンコができないのだと思う。
その証拠に「まあまあ」「水に流そう」なんて、言葉を使う上司がきっといたはずだ。

世の中、ガチンコと八百長の二層構造であるからに、自身の判断が試されるようになると思う。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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