2010年12月17日

生真面目

近年、犯罪容疑者とされる人物像を知る人の証言を聞いていると、口を揃えてこう言う。

「街で会えばしっかり挨拶する人でした…」
「おとなしくて勤務態度も真面目だった…」
「子煩悩でそんなことをするような人には見えなかった…」
そして、「まさか、あの人が…」の決まり台詞で語尾を結ばれることが多い。

最近であれば、尖閣映像流失事件の容疑者(賛否不問)の評判も、同じようなことを口々にしていた。
映像インタビュ−の場合、証言者の実名が前提となるため、本音よりも建前が多くなることを差引いても、その傾向は一致している。
一般的に人柄を判断する際、日常の言動も含めて挨拶や礼儀が基準となる。
それは高い確率で、モノサシになっている。
そういう私も、ご多分もれない判断を要しているひとりでもある。

しかし、常識的と思われている人物が事件を起すようになってきている。
それは真面目すぎる人ほど、他人に対して余裕がないから、敏感に反応しすぎるのではないか。
もちろん、真面目こそは人間関係の基本だし、それをなくして人付き合いは成立しない。
だが、極端な生真面目さが他人を支配しようとすると、常軌を逸する言動に走ることさえある。
たまに新聞のコラムを読んでいると、「正論だけど、無神経なんだよな…」と思える記事に出くわす。
つまり、他人を異様なほど許せない、その生真面目さが心配なんだ。

あなたの身近にも、そういう人はいないだろうか。 …もしかすると、あなた自身かも知れない?
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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