2010年11月12日

尖閣映像流出事件

尖閣諸島問題の全ては、中国がでっち上げた「ヤラセ」以外何物でもない。
悔やまれるのは、なぜ最初から「真実はこうだ」と公開しなかったことだ。
そんな中国のシナリオに乗せられたまま、尖閣映像が流出した事件では、世間の論調が割れている。

肯定側は当然、「見る権利」を多用する。
言葉の響きはいいが、ほとんど好奇心であり、それこそ繁華街の赤色灯に群がる野次馬にも似ている。
彼らは見物と撮影を優先的な快楽にしているので、そこに正義感は期待できない。
現場の声も、バカ丸出しに思えるコメントも多い気がする。

見るということは、自分の中に一定のル−ルを持つことだと思っている。

そのル−ルを持たない集合体こそ、中国の群集である。
器物を破壊したり、国旗を燃やしたり、さしたる原因もないのに見苦しいというか、プライドがないのだ。
それはアダルトビデオと同じで、情報を識別できない奴に見せると、歪んだ欲望を抱くキッカケにもなる。

「見る権利」は誰にでもあるが、「理解する能力」は人それぞれ大差が出るところであろう。
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