2010年08月31日

山本小鉄

29日夜、私のケ−タイに、プロレスおやじ、【ス−パ−・ストロング・M】からメ−ルが届いた。
そこには、こう記されていた。 …「FOREVER YAMAHA BROS!」

昨夜30日、親分肌で有名だった元プロレスラ−(鬼軍曹)山本小鉄氏(享年68歳)に軽く献杯した。
それはもうストイックなまでに、プロレスの可能性を追求し続けた、プロレス界のオヤジさんである。
多くの若手レスラ−が、山本小鉄の元で修行を積んで、一人前のレスラ−に成長して行った。
練習生だった頃の前田日明が、当時こんな印象的なコメントを残している。

−「道場に山本さんの車が到着すると、ピ−ンと張り詰めた空気が走り、身がすくむ思いだった」−

道場を圧倒するほどの存在感を示しつつも、人の面倒見が良く、悩みにも親身になっていたらしい。
前田が第一次UWFから新日本に出戻りした時、長州の顔面を蹴り飛ばした時も、既に所属団体や立場も異なっているにも関わらず、最後まで前田をかばっていたという。
結果として前田が追放された時には、「何で前田が辞めなきゃいけないんだ」と、我が子が出て行ってしまった気持同然、浴びるように酒を飲んで寂しさをまぎらわしたと、後のインタビュ−で明かしている。
その時、孤立した前田をかばったがために、自分も新日本プロレスで孤立状態になったともいう。
本当のことしか言わなかったから、お互いに敵が多かったことはうなずける。

山本小鉄にとっては、弟子は何があろうと弟子であり、弟子の成長を望まない師匠はいまい。
だとすれば、その厳しさは愛情の証だったのであろう。
すでに前田は船木に、長州は藤波にすぐさま、訃報を伝えあったという。

男が大切にしなければならない冠婚葬祭は、「葬儀」である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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