2009年10月06日

座敷わらしに学ぼう

4日、妖怪“座敷わらし”が現れることで有名な岩手の温泉旅館が全焼し、館内にいた全員が無事に避難したとのことだ。
何でも、座敷わらしを目撃するとご利益があるとのことで、全国各地からの予約客で2年先まで満杯であり、不幸にも火災に遭われたお客は、「無事だったのは、座敷わらしさんのおかげです」と、ウィットに富んだコメントをしていた。
さながら存在は“日本版のサンタクロ−ス”のようで、ある種のファンタジ−さえも感じてしまう。

私は“わらし”や“サンタ”の存在を否定も肯定もしない。
なぜなら物事は時として、ほのぼのとした曖昧さがあるから人間らしいと思う。
近年は人の気持にまで、白⇔黒、イエス⇔ノ−、勝ち組⇔負け組など極端に分類し過ぎるようになったのは、パソコンが普及し始めてからじゃないだろうか。
パソコンの仕組は単純で、イエス⇔ノ−でしか判断しない為、そこに曖昧な部分は存在しない。
それに人間が順応しすぎると、人との係わり合いを拒み、無機質で無愛想な気質が誕生すると思える。
そんな現代社会、座敷わらしの存在は、人との係わり合いを作っている気がする。
座敷わらしはいると言われればいると思うし、いないと言われればいないと思うし、判らないことも大切なんだよな。

私の部屋にも座敷わらしが遊びに来ないかな…一緒にオセロゲ−ムでもしようぜ!
posted by GIG at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック