2008年12月22日

YUSAKU MATSUDA

ブラック・レイン
1989年/日米合作/アクション映画
主演/松田優作 高倉健 マイケル・ダグラス アンディ・ガルシア

適当にビデオを抜き出して再生すると、日本のマフィアを演じる松田優作が、ニュ−ヨ−ク市警役のマイケル・ダグラスに航空機で日本に護送されているシ−ンからだった。
松田優作のハリウッド映画デビュ−作、“ブラック・レイン”であり、アルファベットになった作品だ。
オ−プニングテ−マに載って、【YUSAKU MATSUDA】の名が、劇場のスクリ−ンに大きくクレジットされた瞬間、それはもう鳥肌が立ったものだ。
そして、エンドロ−ルのテ−マが鎮魂歌のように聞こえた。
私は松田優作をリスペクトできる世代である。

東京時代、近いうちにどこかで会えるような気がしていた。
それというのも、俳優の安岡力也さんの友人と接点があり、「優作さんも交わる時があるから今度来なよ…」と声をかけられていた。
当時の話によると、下北沢の某バ−で「ア−リ−タイムス」を好み、仲間と激論を交していたらしい。
生き方がストイックで、気性が荒いとは聞いていたが、それだけ役者意識も強かったのであろうか。
私は門外漢だが、一言二言会釈でも交したかったのは、兄貴分のような眼差しからだ。
そんな折に訃報を知ったのが、11月の新宿駅ホ−ム売店で目にした新聞の夕刊記事であった。
松田優作が病魔に侵されていたのを知っていたのは、身内以外では安岡力也さんだけだったらしい。

当時、生活圏が似通っていたので、偶然どこかで会えそうな気がしていたが会えなかった。
…あれから、約20年の歳月がたった。
posted by GIG at 04:43| Comment(3) | TrackBack(0) | Cinema Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
バーボン飲みながら、松田優作を語ろうぜ。まずは野獣死すべしからだね。
Posted by 伊達 at 2009年03月17日 21:49
下北沢の某バ−って、JAZZ BAR レディジェ−ンのことでしょ!
合言葉は『下北で会おう』だったらしい。
関係者はみんな店の電話番号をおさえていたとか。

Posted by 勤労 at 2009年04月20日 08:41
優作 Forever!!
Posted by BRACK SATO at 2012年12月21日 14:34
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