2020年10月08日

酒場教育

団塊世代は、飲食店の会計をめぐって 「俺が払う」 「いや、ここは俺が」 ともめては、店員を困らせる場面をよく見かけた。

これも相手を重んじてのことだが、男たるもの 「武士は喰わねど高楊枝」 の価値観で、それにより 「2日間ぐらい、飯を食わなくても死なん」 程度にしか思ってなかった時代。
後輩を飲みにつれていけば、おごらないわけにもいかず、デートでも男が払うのが当然だとして、それが明日の仕事への活力源になっていたのも、好景気だからできた、男の甲斐性。
好景気の言葉が消えた今、時の矜持は解かれたが、あの頃は収入も多かった分、支出も多かった為、経済が循環していた。

会社勤めのころ、領収書が伴わない会計では、立場上の上司が全額を負担しないように、部下には 「千円でもいいから、大人の判断を働かせろ」 と、社会には 「型」 があることを教示した。
もちろん、翌朝に出勤したら 「お礼の挨拶は、おろそかにするな」 という教育。
男の世界 「挨拶のできない男は、相手にされない」 と言われるほど、挨拶ぐらい大事なこともない。 
古いタイプかもしれないが 「若いうちから、タダ酒におぼれるな」 というのも、酒場の戒律である。

去年、中学時代の後輩を飲みに連れて、僕が会計を済ませた。
すると一言 「俺にも、収入がありますから」 と、彼はいくらかを差し出した。
気兼ねのない配慮を見せられたとき、これからの見直すべき関係性を感じさせた。

たまにあるが、数人で来店して、上司を財布代わりにタダ酒をねだろうと企む、ごっちゃん体質の客に、個別会計するときがあるのは、お金を払って飲む場所であることをわかってもらう 「酒場教育」 だ。
ややこしいが、これはひとつの意見で、酒場の見識でもある。

だから、俺は嫌われる  💨
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする