2020年09月21日

不良老年

21日 「敬老の日」

対象年齢は定められてないが、一応の目安年齢65歳では、早い気がするも高齢化社会。
年金や医療に介護など、国の負担を喧伝されてばかりいれば、高齢者もおもしろくあるまい。
「年齢を重ねることも悪くない」 と思える、特例的な催しがもっとあってもいいのでは。

男は定年になっても、気力と変化に対応できる柔軟性があれば、仕事をするべきだと思っている。
大雑把にいえば、ズバリ 「人生の遊び金」 を捻出するためだ。
自分が稼いだ金は自分で楽しむことが潔いし、そのために働けば人生も充実するだろう。
さらに誤解を恐れずにいえば 「男は死ぬまで女とつきあうべし」 でさ。

こんな話を耳にした。
手軽で安価な風俗店は若者向けだが、伝統的な風俗店は40歳以上の中高年が占めるらしい。
それも、偶数月の年金支給日になると、待合室は高齢者が増えるのだとか。
男はいくつになっても 「女の味が忘れられない」 のである。

年齢的に性欲は減退し、性欲はあっても満たせなくなると、何を楽しみに生きているのか、心が渇く。
何も肉体を交えた関係が大事ではなく、一緒にお茶を飲んで会話したり、たまにはフレンチレストランへ出かけたり、そういうとき 「異性の友達が気持ちを満たしてくれる」 ものだ。

その際 「パパ活」 ならぬ、金の臭いしかしない 「情けない男」 の姿ではなく、年相応の品性があり、もう自分を粉飾しなくてもいい、経験を積み重ねた者同士の心の関係。
セックスは成り行き上、はずみの感覚であれ、色気がもたらす、制御と解放は紙一重。
その感覚をなくしたら、男女は遠巻きの存在となり、少し寂しく感じるんじゃないか。

個人差はあるだろうが、いくつになっても異性への関心は、若さと健康増進の再生装置。
家庭を顧みないのは困るが、心の充実度であれば、幅広いつきあいもありだと思う。
これも仕事同様、その人の 「甲斐性」 であり、必ずしも異性だけではない。

敬老の日を 「枯れた日」 にされたら、高齢者もたまらない。
そのためにも 「年齢を重ねることは素敵だ」 と思える社会がいいし、晩年は 「最期の演出期」 だと思うから、粋でカッコいいイメージで整理したいよね。

心意気は社会的な枠の中で 「まじめな不良」 として 「不良老年」 を志したい。 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする