2020年08月24日

永遠の謎

前日 23日付の記事 「序」 の部分 「僕の顔を見て、微笑んでいた」 行。
「なぜ、あんな夢を見たのか」 ぼんやりと考えたが、実はあれ 「現実の場面」 (正夢) だったんだ。

時系列で書き進めると、生前の父は軽度なうつ病と診断されていた。
そのため、日によって山の天気のように、表情の変化も激しかった。
些細なことで、怒鳴られるときもあれば、他人行儀になったり、見守ることの難しさを知った。
時に、脳のブレーカーが落ちたかのように、反応しなくなったり、それでも 「父の表情」 である。

残された時間 「子ども返り」 を黙って受け入れたが、症状が進むにつれて募る無力感との闘い。
いつしか家族にも、多くの試練をもたらし、いつ終わるか見当もつかない介護に日夜追われていた。
それも 「パーキンソン病」 だったので、早い段階で 「要介護5」 は認定されたが、特養老人ホームに空きがなく、何度も市役所の相談窓口へ出向き、何か所もの介護施設も見て回った。
その甲斐あり、経済的な負担も大きくなったが、ようやく入所という 「安心」 を手にできた。
僕の疲弊も思いの外に大きかった、38歳から41歳ころまでの約4年間。

24時間施設の安心サポートを手にしても、痴呆の進行を遅らせるためにも、まめに面会は通っていた。
そんなある日、面会に行くと待っていたかのように、一度だけ 「満面な笑顔」 を見せたことがあった。
介護をしても、決して面と向かって 「ありがとう」 と言ったこともなかったのに。

今思えば 「あの笑顔」 は不思議だった。
脳血管性の痴呆なので、次第に気持ちを人間らしく表現できなくなり、最後は言葉も表情も失われる。
だから、残されている表情で、伝えられるうちに 「笑顔で気持ちを表してくれた」 のだろうか。

あの場面は 「永遠の謎」 である。
だが、心の中では生きているので、こうして、あとから 「記憶の奥の記憶が開く」 のかもね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする