2020年06月30日

各駅停車

今日30日で、暦は半年が経った。

こんなに印象が残らない、半年間の早い時の流れは初めて。
その見え方、印象にない部分が影となり、立体的でなく、平面的のような記憶。
ムダな半年ではなかったが、生活に 「プロセス」 を感じなかったんだ。

若いころ、各駅停車の鈍行列車に乗り、村上の先の新潟と山形の県境まで、気まぐれ旅へ出かけた。
新潟市街を離れるにつれ、建物は低くなり、田畑は広がり、澄んだ日本海が表れ、風の匂いも変わる。
田舎へ行くほど、乗客は少なくなり、革靴の音も消え、標準語が消えゆく。
そのうち、のんびりとした空気の中、泥を運ぶ長靴で床が汚され、土地の方言が聞こえるようになる。

それが特急列車なら、始発から終点まで、新潟市街と似た車内の光景が、漫然と続いたであろう。
あえて鈍行列車に乗ったから、見えた光景があったわけで、そうでなければ車内の光景に (プロセス) 触れることはなかったと思える。
これからの人生、特急列車に乗ることもないが 「各駅停車」 で、ゆっくりと四季を感じて、時の流れを賞味したいもの。

以前、コロナ休業に 「時間泥棒された」 と書いたが、半年振り返れば 「季節泥棒された」 というか。
残り半年 「ウィズ・コロナ」 の収束を願いつつ、各駅停車で 「季節の風景」 を感じていきたいね。
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2020年06月29日

RAMBO Last Blood

封切り3日目の 「 ランボー ラスト ブラッド 」 を鑑賞。

アメリカンドリームを手にした俳優 「シルベスター・スタローン」 (73歳)
心と体に傷を負った、情緒と色気ある 「鋼の男」 を演じさせたら、右に出る者はいない。
しかも、毎回 「シリーズ最後」 と、うたっておきながら、数年後 「俺の中で何かがくすぶっている」 と再び現れる男。

こんな 「ショートストーリー」 を想像してほしい。
定年退職をする人の送別会を終えた夜。
駅前で解散して電車に乗ると、送別会の主賓と同じ車両に居合わせてしまう。
「先ほどは」 で言葉がはじまり、偶然にも同じ駅で下車し、改札で再度別れの挨拶を交わす。
途中、小腹がすいたので、牛丼屋に入ると、またそこで偶然に会ってしまう。
知らん顔は無粋なので、ひとまず 「奇遇ですね」 と言葉を置くが、おたがい内心は気まずい。
「お元気で」 と挨拶を交わし、家路を二分するが、また交差点で出会い、恥ずかしくなるような。

スタローンとは、そんな長年の関係性で 「シリーズ」 が続いている。
だから 「ラスト」 「ファイナル」 「最終章」 なんてのは、ほとんど怪しくてさ (笑)
それでも、不死身の勧善懲悪 「ワンマンアーミー・ランボー」 は、カムバックをして、悪党を一人残らず成敗するストレス発散映画。

原題 「 ランボー ラスト ブラッド 」 (最後の血戦)
最後とかいいながら、また 「奇遇ですなあ」 と、続編を考えている節あり。
本編、闘い終えたランボーが、ロッキングチェアーに座った場面で、観客の判断が分かれるところだ。
「ヒーロー」 は、死んではいけないのだ。

僕の世代 「ランボー」 「ロッキー」 シリーズに 「男のロマン」 を感じている・・ 劇場へ急げ !

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2020年06月27日

無題雑記 238

例年なら、今頃は宮浦中学校の体育館から、万代太鼓の甲高い音が昼下りに鳴り響くはずだった。
しかし、今年は新潟まつりの開催中止を受けて、街中の風合いも少し変わって見える。

一週間近くも、雨と曇りマークが続いている天気予報。
梅雨が明けたら、ベランダに出て、窓ふきを担当することになる。

最近は歩きたいので、古町までコーヒーを飲みに行くことがある。
店のスタッフは、客の顔を覚えて、細やかな心配りをしてくれるので、個人的に好印象を持つ。
するとこちらも 「ありがとう」 「ゆっくりでいいですよ」 と、相手を気遣うようになるもの。
歩く距離、少し回り道をすれば、往復4キロほどになるので、仕事前のウォーミングアップにもいい。

外出時、エチケットマスクはするが、川辺にさしかかるとマスクを外し、新鮮な空気を思い切り吸う。
クルマで海岸線を走っているとき、少し窓を開けて潮の香りを嗅ぎたくなる、あの気分と同じだ。

これからは、パリの街角をイメージするような、オープンカフェが、また流行ると思う。
対面席ではなく、ふたりが同じ方向をぼんやりと見て、沈黙も寛ぎにできる気持ちの余裕。
飛行機のトランジット (乗り換え) の待合室のベンチで、空港の滑走路を眺めている気分で。
もちろん、シチュエーションはムリだが、読みかけの本に視線を落しながら、コーヒーをすするような。

こうして、街歩きをするだけでも、日常のプロセスを楽しめるものだ。
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2020年06月26日

辛口咖哩

バスセンターのカレーが改装工事をしている間、シルバーホテルに場所を移して営業をしている。
1973年の開店以来、味を変えていないというのだから、万人を究めた 「ご当地カレー」 である。

その昔、新潟市中央区では、萬代橋を挟んで、二つのご当地カレーが棲み分けされていた。
「バスセンターのカレー」 は、利便性の良さと立ち食いスタイルの素朴な味わいが今もウケている。
一方 「東堀のヒュリカ」 は、辛さに上品な甘みがあり、家庭では真似できない味がウリでありながら、単独店では、2001年頃を最後に幕を閉じている。

新潟県のカレー消費量は全国でも有数らしく、カレーは家庭食として浸透してるため、その家庭の味と辛さがあり、多くは豚肉を使用することで知られている風土である。
そんな中で、チェーン店 「coco壱番屋」 は、辛さや分量、トッピングを選べたり、カレー業界に新風を巻き起こし、ほとんど 「ファストフード店に近い大衆商売」 をとりいれた。

「カレーには、正解がない」
庶民食として、粉っぽさが味わいだったリ、意味を知ってか知らず醤油やソースをぶっかけたり、生卵をおとしたり、福神漬けやラッキョウ、具やつけ合わせの自由が、カレー文化に成熟をもたらした。
その意味では、家庭のカレーと外食のカレーとでは、明らかに好みも違ってくる。

僕はカレーはカレーらしく、辛いからこそ美味しいのが持論。
今夜の食卓は、辛口仕上げにしてもらった 「ハヤシライス」 
ハヤシライスといえば、東京浅草 「レストラン大宮」 が思い浮かぶ。
カレー (カリー) なら、東京新宿 「中村屋」 のスパイスが神秘的だった。

そんな、カレーの記憶をたどると、ああ、何だか口の中が湿ってきた。
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2020年06月25日

顔色外交

新潟日報メディアシップ1階 「横田滋さんの追悼写真展」 に足を止めた。

朝刊の見出しによれば、米朝合意で 「拉致問題」 は除外されたという。
一方、米国とイランの緊張緩和に向けて、米国は日本に仲介役を要請したが失敗。
最初から期待もされず、失敗のツケに米国産農産物の輸入拡大を早期に迫ったことも明るみとなる。

外交とは 「机上の戦争」 ともいわれ、狡猾的かつ陰湿で、脅し文句も辞さない。
当然、密約や裏工作、見返りを求められるだろうし、国益のないことはしない。
「ボルトンの暴露本」 から、抜粋された一連の報道を見ると、日本は米国に 「猿回し」 された。

「日米同盟」 がなければ、近隣国の脅威から自国を守ることができないため、米国への 「顔色外交」 は避けられないが、それでも安倍首相の 「外交胆力」 は、時の政権 「野党」 よりかは、まだマシかと思える。

それより、今はもっと 「国内に気骨」 を注いでほしい。
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2020年06月24日

黒い機密

トランプ大統領の前補佐官だった 「ボルトン」 の暴露本を買いに、書店へ行くも店頭にあらず。

書籍は、第三者に原稿を委ねた 「口述筆記」 だろうが、ためらいや躊躇なく、自分に不利益な事実をどこまで明らかにできるかで、暴露本としての評価は決まるもの。

エリート (ボルトン) ほど、胸を張って情報公開しない限り、永遠に悩み苦しむことになる。
どれほどの 「 BLACK BOX 」 (黒い機密) が明かされたのか、真偽問わずも一読の価値はある。

側近にちやほやされ、絶対的な権力におぼれている 「自惚れトランプ」 には、響く暴露本じゃないか。 
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2020年06月23日

無題雑記 237

3ヶ月遅れで、プロ野球が開幕し、来月10日には、無観客試合も解除となるらしい。

コロナショックがなければ、新潟エコスタでの 「横浜×ヤクルト」 を観戦予定だったのに残念。
好きな球団はないが、涼しい夜風に吹かれて、球場で野球を見るのが気分転換となる。
もちろん、野球のルールは知っているが、スポーツであり、エンターテイメントなんだよね。

在京時、神宮球場とアクセスが便利で、たまにひとりで観戦に出かけていた。
鳴り物で応援する群集から、少し離れた内野席を指定し、ビールと弁当で夏の風物を楽しむ。
勝ち負けにわめいたりせず、ゲームが終われば 「楽しかった」 と、球場を後に明日へ備える。

まあ、今日は野球のことを書くつもりはない。
映画もライブも似たような娯楽で、気軽にひとりで行けるのは、独身時代の特権。
いづれ、隣に意中の異性が添い、鑑賞後に食事をしながら、男女差の感想を取り交わす。

文化や芸術、スポーツなどは、見識を深めるために欠かせない、豊かな回り道だと思っている。
なくても困る分野ではないが、なければ困ってしまう分野。
吸引力を失わないのは、いつの時代も感動や共感をあたえてくれ、考えに幅をもたらしてくれる。

その意味で、世の中にはムダなものはないんだろうね。
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2020年06月21日

遊ぶ意欲

「コロナショック」 が生活に影を落してから、ようやく日常をとり戻せつつある。

接待を伴なう飲食店やライブハウスなど、一定の防止策を講じられ、移動制限も全面解除となった。
だからといって、生活様式が解除になったのではなく、何ごともほどほどが後に意味をなす。

人は周囲と同じ行動や考え方ををして、次第に物事をおさめていこうとするもの。
だけど、タクシー運転手と景気の話を交わして、あたかも街を知ったフリをしているわけではあるまい。

いつまで 「キンタマ」 (失礼) を、縮み上げているんだってことでさ。
もともと 「遊ぶ意欲」 のない人ほど、景気に深刻な顔をしているものだ。

お酒を飲める人なら、少しは飲みに出るべきで、その方が景気は早く上向く。
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2020年06月20日

肉体脂肪

営業を再開して、1ヶ月が経過した。

同じく、休業期間の1ヶ月もの間、ストレスによる過食が脂肪となり 「 3Kg 」 も体重が増加した。
最近は、風呂上がりに鏡の前へ立つと、フォアグラ状態の腹回りをさすりながら 「おいしそうだなあ」 と思うほど。

趣味の散歩で体を動かすもの、消費カロリー以上に、カロリーを摂取してしまうありさま。
散歩は日課ではないが、1日12Km以上歩くこともあれば、1Kmに満たない日もあり極端である。
しかも、寝る前に調子ぶっこいて、シュークリームを食べることもあるので、減るわけもない。

僕はライザップじゃないから、劇的な変化は求めていない。
むしろ、脳の指令に忠実である方が、僕なりのライザップ。
健康とは、体に全てを任せておけば、いいのかもしれない。

「五十肩」 も一向に治らないが、話によれば自然に治癒するらしい。
これからは、衰えるパーツに油をさす感覚で、黙々とつきあうしかない。
もうひとつ言わせてもらえば、健康とは、おもしろおかしく語れることかもね。

あと3ヶ月もすれば、年齢を超越した 「肉体の切れ味」 をお見せできる・・ わけねえか。
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2020年06月19日

河井夫婦

横田夫婦のように、涙なくして語れぬ人もいれば、河井夫婦のような 「厚顔無恥」 もいる。

政治は、人のレベルで決まるといっても過言でないため、人選びはことのほか、慎重さを帰するところ。
「この人、行ける」 と思われていた人がダメで 「この人、大丈夫か」 と思われていた人が 「やり手」 だったりするのは、よくあること。

人を見抜くためには 「どれだけの人を見てきたか」 その数も経験値で、任命責任も問われる。
議員の報酬は、高額で待遇も厚く、権力もあたえられる。
それに見合うだけの仕事をしてもらうためで、国民はその座にあぐらをかいてもいいとは思ってない。

義務は果たさず、責任はとらず、地位に恋々とするばかり。
いっそのこと、全取っ替えできればいいが、現実的には不可能。
総理大臣が代わろうが、期待できない野党に政権が代わろうが、この種の問題からは逃げられない。

人間の発露を考えれば、こういう問題は絶対に撲滅できない。
買収の片棒を担いだり、汚職の体質が根強いのは、おたがいにメリットがあれば成立するからだ。
そこに 「動機」 がある限り、ブラックボックスは、なくならない。

しかも 「触らぬ神」 で、権力が黙認されるのは、だれでも会社勤めを思い返せばわかるもの。
優位に立っているときは、相手を批判したり、無視を決め込んだり、巧みな脅し文句も登場する。
それでいながら、自分のことになると、話し合いどころか、こうして説明責任も拒否して逃げる。

似た者同士 「虎の威を借りる狐」 が二匹、利害が一致して 「河井夫婦」 になっただけのことか。
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2020年06月18日

矢沢情緒

「矢沢永吉」 のファンではないが、矢沢はきれいごとを言わないよな。

ライブへの熱い思いを持ちながら、コロナ禍で自粛せざる得ない状況が続く。
ならば 「有料ライブでお伝えしましょう」 と、過去のメモリアルライブを自己プロデュースし、複数を配信するという。

個人事務所の経営者でもあるため 「社員を食わせなければいけないし、俺自身も食うためだ」 とし、ライブの配信収益の一部は、医療機関にも寄付をするという念の入れよう。

一見すると、破れかぶれのような男だが、筋は通っている。
情緒に話をすりかえないし、ロック界の頂点に君臨する男。

つまり、象徴になるような男は、その 「生き方」 が情緒なんだ。
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2020年06月16日

新迷珍語

近頃、感染予防による、新語を多く耳にする。
今日も、スポーツのリモート応援をする人のことを 「リモマ」 と略称されていた。

90年代、イタリアン料理を 「イタメシ」 と、呼んでいた時期があった。
ようやく、スパゲッティを 「パスタ」 に、言い換えられるようになったのに、また新語が耳に触れた。

ある日、会社の女性社員から 「イタメシ、食べて帰りませんか」 と、気軽に誘われた。
字の如く 「炒飯」 と勘違いし 「東京大飯店でいいか」 というと 「えっ」 て顔をされた。
それで 「あっ、炉端焼きか」 と言い直したら、夜の人波が行き交う表参道で、大笑いされてね。

昔から、流行語や略語、和製英語が苦手で、同世代との会話が置いてきぼりにされていた。
広告代理店のプレゼンでも 「デトックス」 の意味が分からず、二度聞きする程度。
日本語で伝えればいいのに、横文字に変換したり、和製英語だったりする。

言い換えれば 「キャッチコピー」 は、商品を売るためのフレーズ。
言い方次第で 「イメージ」 も変わるが、若者はクリエィティブだ。
目くじらは立てないが、言葉の乱造がありすぎて、あまり情緒的になれないのは本音。

そこは百歩譲り、言葉の乱用ぶりが、ひどい時代もあった。
「ブルセラ」 (おまえ、バカか) 「援交」 (それは、売春だろう)
「チョベリバ」 (おめえ、火星人か) 「だっちゅうの」 (バカにしてるのか)
「たまごっち」 (それぐらい、俺でもわかるぞ) こうして、こみ上げる怒りを抑えていたあの頃。
酒場で 「仕事は三振王、夜のバットはホームラン王」 と豪語していた、おっさんたちの哀愁はいずこ。

四方八方、言葉は入り乱れ 「不都合のない言葉」 だけが生き残る。
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2020年06月15日

無題雑記 236

梅雨入りした新潟。

14日 勝手に俺主催の 「散歩大会」 は、雨天決行。
新潟伊勢丹前のバス停から、入船営業所行きのバスに3人で乗車して、終点で下車。

傘をさしながら、北へ続く遊歩道を5分ほど歩き、湿った空気感とともに、新潟みなとトンネルに入る。
傘を閉じて、海側の海底通路を直進し、山ノ下の出口で折り返す。
今度は、街側の海底通路を直進し、起点である新潟みなとタワーに戻り、往復で 「3Km 」 ほど。
タワーの展望室で、水分補給をしながら、強い雨に煙る日本海を眺める。

新潟の沿岸を構成する、港町である北部地区。
東京から転校してきて、この街でそれなりに育ち、ささやかな幸せを保っていた家庭があった。
街は見違えるほど変わったが、今も下町の象徴 「新潟造船」 の鉄塔があるのは、原風景そのもの。
思い出に浸ることもないが、潮の香りが懐かしい記憶を呼び覚ます。

帰りは、当時の原形を留めている、入船営業所からバスに乗り、雨止まぬ古町で途中下車。
ビールで乾杯し、前菜を数品と串を焼いてもらい、1日限定10食の豚足煮が絶品だった。
雨は止んで、いい風の吹く、萬代橋をほろ酔いで歩き、万代メディアシップの交差点で、21時に解散。
雨で歩行距離は稼げなかったが、今度は夏の終わりに夕日をながめながら、海岸道路を歩きたい。

表向きは 「散歩大会」 だが、結局は飲むための 「前哨戦」 になるんだけどさ (笑) 
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2020年06月13日

秘密兵器

二つ折りのガラケーが閉じなくなり、使用しないときは、髪留め用のゴムを巻いて固定していた。
原因はジョイント部分の金属劣化である。

それを見かねた妻は 「もういい加減、スマホに変えたら」 というが、別に不便ではない。
スマホの多機能は感心するが、公私は電話とメールで事足りるし、意思の疎通に問題もない。

それに聖火リレーのように、ラインでトークリレーして、何が面白いのかわからん。
まどろっこしいのはいいから 「肉声で電話して来い」 と、こういう時になると意味もなく 「江戸っ子」 になってしまうから、不思議である。

新型機種を持っているからって、その人に 「時代をとらえる目」 があるわけでもない。
ただ、遊び道具を持ち歩き、実際は風見鶏のように場所で画面を切り変え、仕事のフリしているだけで、便利が一番の発想は、安ければ一番と近い発想に思える。

おお、そうだ、そうだ 「秘密兵器があったぜ」 と手にしたのは、一本のスプレー。
可動部の動きに潤滑をあたえる、ベスト商品 「 KURE 5-56 」
ノズルから、ジョイントに噴射しただけで、見事に元の動きを取り戻して回復。

これで 「ガラケーを使える口実」 が、できたというものだ。
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2020年06月12日

自衛責任

「お客様は神様です」 (店は奴隷) とは、思っていない。

そういうと 「おまえは不真面目だ」 と怒られそうだが、そうじゃない。
時に 「接客業の心得」 が、個人事業主の心を傷つけ、人間不信にさせ、まれに廃業へと追いこまれたケースを見てきたから、僕は 「性善説で接客」 させてもらっている。

第2波の感染防止を工面して、当店もアルコール消毒や距離を意識し、三密の回避に取り組んでいる。
カウンターの奥行きは1メートルはあるもの、客の真正面には立たず、普通に会話するには問題ない。
合意の上で、マスクを外している時もあるし、フェイスシールドやビニールシートも吊るしていない。

どこまで 「新生活様式」 が浸透するかわからぬが、これはもう個人の 「自衛責任」 だと思っている。
社会的な予防策はとるが、不安な客は来ないだろうし、良心があれば妙な体調で来店すると思えない。
毎日、何十人も何百人を接客している店は別だが 「濃厚接触のないバー」 の来店人数は知れてる。
それも、信頼で来店しているんだから、懐疑的に接するより、好意的に接するべきでさ。

そうあるために、僕は人ごみを避けるし、日頃の予防と体調維持を心がけている。
自宅待機するのも収束への道だし、節度ある外出も経済回復への道だから、どちらも正解だと思う。
かっこ悪いのは、いつまでも不安にとりつかれた 「かたくなさ」 であり、どちらの役にも立たない人。

僕の店の客は神様でないが 「いい客だな」 と思っていれば、いつまでも 「いい客」 でいてくれる。
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2020年06月11日

袋有料化

来月1日から、コンビニチェーンも 「レジ袋の有料化」 に努める。

僕はレジ袋が有料になる以前、試食品や試供品を 「無条件に無料でモノを配ったり、食べさせたりする風潮は、もうやめるに越したことはない」 と、どこかで書いた覚えがある。

無料でもらうことに味をしめると、次にそれがなくなると不満を抱かれる。
無料をサービスと勘違いされ、それに応えなくなると 「サービスの悪い店」 にされてしまう。

販売に結びつくような、デモンストレーションやモニターはいいが、客がスーパーの試食で 「モノ乞い」 する環境では、逆に 「印象ダメージ」 を、店に残すだけ。

今どき、味見をしてまで買う食品は少ないし、ひとつ間違えれば 「悪習サロン」 と化す。
居酒屋で 「もずくを味見させてくれ」 とは言わんだろう。

レジ袋が有料になった時点で、未来を再認識する時代に入った。
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2020年06月10日

台所円満

9日 司令塔の妻から、渡されたメモを見ながら、スーパーで2段カートを押していた。

毎週火曜日は、野菜が割安で充実するため、青果売場にいる時間が長い。
レタスにキャベツ、パプリカなどをカートに入れながら、今週の献立を思い浮かべる。

僕は 「男子厨房に入るべからず」 で 「男子厨房に入る」 家庭的な男ではない。
独身時代、自炊をした試しもなく、全て外食でまかない、結婚しても料理は妻に任せっきり。
だからと 「男尊女卑」 ではなく、クラシカルな 「亭主関白」 でもない。

数年前 「50代の手習い」 で、妻に料理を少し習っていた。
しかし、慣れない台所仕事にストレスを感じたため、僕から身を引いた。
妻は料理が息抜きと言うので、夫婦といえども 「台所亭主」 にならないようにしている。

夫婦の共通趣味が料理ならいいが、そうでなければ、おたがいの趣向は認めたほうがいい。
妙な男女平等に捕らわれずに 「困ったら、いつでも言って」 と言葉置きし、家庭の夫は非常勤として、周辺の手伝いをするほうが、台所は円満に行くと思っている。

ごはんを食べるとき、夫婦喧嘩ほど 「料理を不味くする愚行」 はないからね。
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2020年06月09日

横田夫婦

5日 拉致被害者家族である、横田めぐみさんの父、滋さんが87歳で死去した。

当時、寄居中学の一年生だった、めぐみさんが拉致されたのが、1977年11月15日。
僕も海沿いの中学の同い年で、その校内でも 「神隠し」 が、まことしやかにささやかれていた。

それから、20年後の1997年。
都内をタクシーで移動中、ラジオから 「北朝鮮による拉致事件」 であることを初めて知る。

山が動いた、5年後の2002年。
政府は救出を試みるも、死亡と捏造されたまま、北朝鮮は解決済みとして、一向に取り合わない。

拉致事件から43年後、無念である2020年。
日本人は 「横田夫婦」 の生き方を通して考えを深め、自分自身を見つめている。

もちろん、幕引きされてたまるか。
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2020年06月08日

Steps Ahead

前回 ジャズ記事にアップした、選曲 「トレインズ」 が懐かしく、久々に 「ステップス・アヘッド」 の (東京ライブ86) を引っぱりだした。

「マイク・マイニエル」 と 「マイケル・ブレッカー」 をリーダーとする、アコースティック 「ステップス」 (スモーキン・イン・ザ・ピット・80) も良かったが、あまりにメンバーがビッグネーム過ぎて、グループのスケジュールがままならない。
そこで、メンバーを再選考し、マイケル・ブレッカーは、サックスとスタイナーホーンを併用し、リズム隊もエレクトリックにシフトしたのは画期的だった。

目玉は 「マイルス・デイビス・グループ」 を脱退した、若干24歳のベース 「ダリル・ジョーンズ」
そして、ロックバンド 「ジャーニー」 のドラマー 「スティーブ・スミス」 が、強烈なビートを叩き出す。
もともと、スティーブはジャズ寄りのドラマーだったらしく 「フィジカル」 は、ドラミングに出ている。
そんな、実験的ともいえる 「強力無比なリズム隊」 をバックに、白熱した様子をとらえた音源。

その魅力、ジャズならではの即興性と、ロックならではの瞬間のキメを融合させた、スーパーグループ。
ゆえに、メンバーが定着しなかったのは、音楽の枠におさまらない、高い力量に理由があったと思える。
フュージョンのベストアルバムに名を列ねないのは、超合金のようなサウンドに賛否が分れたのだろう。
代表曲 「トレインズ」 もいいが、挨拶代わりのオープニングナンバー 「ベイルート」 が好きだな。

ジャズの記事は、趣向的なあまり、読み手は狭まってしまうが、これこそ 「僕の息抜き」 でもあるんだ。

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2020年06月07日

Eric Miyashiro (TP)

経済のおちこみは、とりわけ 「音楽業界」 にも、ダメージをあたえている。

そんな最中に、ジャズのリモート演奏による 「匠の技」 を聴かせてくれたのが 「エリック・ミヤシロ」 をバンマスとする 「 Blue Note Tokyo All Star Jazz Orchestra 」

スペシャルゲストに 「ピーター・アースキン」 「ボブ・ジェームス」
日本サイドからは、ジャズファンなら、おなじみのメンバーがそろい、玄人好みの 「小池 修」 を筆頭に 「近藤和彦」 「納 浩一」 または 「本田雅人」 「川口千里」 が聴かせどころを作る。

楽曲は、マイク・マイニエル作曲 「トレインズ」 で 「ステップス・ア・ヘッド」 の代表曲。
リモート演奏にも、ジャズならではの即興性を高度なグループ表現で押し上げ、世界屈指のハイノート・ヒッターでもある、エリックのアレンジ力は計り知れない。

リモート演奏に感心するも、評価として感想をまとめるには、対象が難しすぎる。
しかし、こんな映像を見ると、躍動感とドライヴ感の効いた、ごきげんな 「生演奏」 を聴きたくなる。

今は活動の場が休止されてるも、いずれ表舞台に姿を現すプレイヤーたちに、願わくば 「聴きに行く」 ことで、エールを送りたく 「彼らの演奏場所が奪われないこと」 を、切に願ってやまない。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/473096745.html   ( Niigata Jazz Street )

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