早春に人知れず咲く、沈丁花の香りを嗅ぐと春を感じて、間近な桜の開花に心躍るはずだった。
今、心情を再現する気になれないご時世。
香りは記憶と直結している。
コロンの名前はわからぬが、だれかに似ている香りに気づくと、その行方を追ってしまう。
それが、ふたりにしかわからない香りであればなおのこと。
意識的に思い出そうとしなくても、無意識に思い出す存在。
健全な体には、健全な嗅覚が宿るもの。
ただし、過去の香りを懐かしんで、香りを追いかけてはならない。
その香りは、もう違う人の香りになっているからね。
夕方、部屋の窓から見える、桜のつぼみがほどよく開花し、風にゆらゆらと揺れている。