2020年02月10日

存在意義

来月閉店する、新潟三越での買い物も 「これが最後かな」 と思いながら、フロアを見て回る。

今はそれほど装いにこだわらないから、ひいきの専門店もなく、新しい店を開拓したい欲求もない。
これからは、買うモノを選り分けて 「すっきりとした暮らし」 を描いている。

値段で買ってもいいのは日用品、それも消耗品ぐらいで、循環しないモノは欲しがらない。
もともと物欲も少ないから 「のど元過ぎれば、熱さ忘れる」 で、我慢もそれなりにできる。
後になって 「なんでこんなモノを欲しがったのか」 と、首を傾げるモノはだれにでもあろう。

こう書くと 「老い先、短い人生」 に思われるが、経験が 「足るを知る」 ようになる。
仕事と家庭、共感できる人間関係、リラックスできる場所があれば、ほとほと楽しく暮らせるもの。
モノに包まれて生きるより、自然体で交われる 「個性に包まれて生きたい」 と思うようになる。

寒い街角、肩を並べて歩き、立ち止まった信号で 「メシ、なに食べる」 と。
そう聞かれて 「なんでもいい」 と答えるようではダメだし、これが 「大人の手打ち」 となる。
ケンカの一つ二つしても、ほとぼりがさめたら、素直に交わせる人間関係は、お金じゃ買えないからね。

自分を粉飾する年齢ではないし、その分、気軽に純粋で生きられることが 「存在意義」 なのかも。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする