2020年02月02日

自分の店

僕をよく知る人は、商売っ気のなさを嘆く (笑)

街中で、古い知人と会うと挨拶がてら 「今、何してる」 とたずねられることがある。
その場合、だいたい 「小さな自営業」 と答えるだけで、具体的なことは言わない。
きっとわかってるが、合間を取り持つお約束の問いだし、興味があってのことではない。

10年ほど前のこと。
商業施設の通路で、僕を避けるかのように、白々しい動きで視界から消えた男がいた。
昔の仕事関係者だったが 「まあ、そんなもんだろう」 と気にも留めずに数週間後。
風の便りによれば 「彼は会社をリストラされたらしい」 と場面の理由が氷解した。

サラリーマンを辞めたら、つきあいのあった人たちの意外なもろさを垣間見た。
男は職業を失うと人目を避けるようになり、地位に恋々とした人ほど、頭の切り替えができない。
知り合いに 「今、何してる」 と聞かれて、何もしてない自分が屈辱なんだろう。

そもそも 「失う」 と 「捨てる」 は、根本的に違う。
「捨てた人間」 は、見栄や体裁がないから、道のど真ん中を歩ける。
職業の良しあし、肩書のあるなしでなく 「今の生き方を語れる」 のが、現実的だと思う。

僕は知り合いにも、自分から 「店をやってるから来て」 とは言わない。
それを言うと 「一度はつきあいで行かねば」 と気を重くさせるし、昔から 「今度」 と 「おばけ」 は、出たためしがないように、調子のいい口約束などいらず 「本人の意思」 で十分。
だいたい、バーは万人受けする業態でないから 「来れる」 「来れない」 はっきりするものだ。

生意気を言うようだが 「古巣に仕事をもらいに行く」 ようでは、人は成長しないと思う。
また、知人に営業を仕掛けるようでは、何のために独立したのか、裸一貫の意味も違ってくるだろうし、中途半端な姿勢でいると  「店をささえてくれるお客さん」 に集中できなくなる。
だから、素朴で誠実な人間関係に 「営業臭」 を振りまかないし、つきあいを見直すいい機会にもなる。

組織には組織のやり方もあるが 「会社の常識は社会の非常識」 でもある。
個人は個人で、人を追いかければ逃げるので 「利害関係」 で人を追いかけない。
商売っ気がないといわれるのは 「功利計算のできない男」 に思われているかもね (笑)

「自分の店」 の基準でいえば、自然体でいられる人間関係に重きを置く。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする