2020年02月29日

02月29日

「2月29日」 が存在する、4年に一度の 「閏年」 (うるう年)
オリンピック・イヤーとして知られ、うるう年生まれの僕は、今年の東京五輪は年表上2度目。

昔から、2月と8月は 「ニッパチ」 と呼ばれ、一般的に出費を抑えようと景気が落ち込む月。
その上、平年2月は日数が1日少なく、商売泣かせの月であるが、うるう年は 「恵みの日」 だ。

暖冬少雪のため、著しい客足の減少はなかったもの、ここへ来ての新型コロナウイルス。
今は混乱に次ぐ混乱の中、絶対的な対策がないため、困惑させる正義もどきより、政府の緊急発令に耳を傾けて、後の審判に委ねるしか方法はないだろう。

こういうときほど、へたに動かず、あたふたせず、じっとして、過ぎ去るのを待つべき。
お風呂でいう湯加減 「いいかげん」 で開き直り、耐え抜けば、時間が解決するもの。

対立的な世界のはざまで、日常の大切さを考えることの意味暫し。
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2020年02月28日

同調行動

連日 「新型コロナウイルス」 の報道が続く。

そのため、人が多く集まる複数のイベントは中止となり、不要不急の外出は慎むように警戒されている。
この様子だったら、先週末に出かけた 「辻井伸行」 新潟公演も中止になっていたかもな。
見えない恐怖だけに、正しい知識と適切な判断のもと、この2週間ほどが感染拡大を防ぐ局面か。

それにしても、マスクの買い占めどころか、咳や国籍をめぐり、浅ましいトラブルが発生している。
戦後、進駐軍による 「ギブ・ミー・チョコレート」 じゃあるまいし、少しは恥を知れと思うよ。
頓珍漢な 「同調行動」 を起こさねばいいが、余裕と耐性のない国の状況は危険となる。

いづれにせよ、三食にありつけて、寝起きできる環境だから、予防以上に不安がることはないだろう。
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2020年02月27日

蛇口の水

例年になく、この時季 「蛇口の水」 が冷たく感じない。

常に氷を手に、アイスピックで作業しているので、少し感度が鈍いのかも知れない。

春をさきどり、美容室で短く散髪し、コーヒーショップでアメリカン。

ロフトでカクテルピンを購入後、スーパーでフルーツを買う。

売場の青果や生花、催事のディスプレイは、なにげない毎日に季節感をもたらす。

今冬は暖冬だったので、春の訪れが早い分、そのよろこびも薄い気がする。
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2020年02月26日

人間教育

2週間ほど前のバラエティー番組で、こんな心理テストがあった。

「過去、一番怒られた人で、思いつく人はだれか」
正しくは 「叱られた人」 だろうが、頭に思い浮かんだ人は、20歳のときの会社上司。
当時、43歳の店長は4年前に亡くなったが、一宿一飯の恩義に晩年まで仁義は重んじた。
孤高な硬派だったので、ずる賢い敵も多かったが、情に厚くて、人に慕われる豪傑だった。

20歳の人生なんて、ルートのない山登りをするようなもの。
「船頭多くして、船は山に登る」  という言葉がある。
そんな上司が多かった中、僕がはぐれないように導き、大切な時期を守ってくれたようでね。

僅か一年だったが 「人間教育」 にも力を注いでもらい、若いささくれがとれた気がした。
「男」 を強調する人で 「おまえの男はこんなものか」 と団塊世代の独特な鼓舞が印象的だった。
社会を舐めていた、僕が初めて 「信頼できる保護者」 を見つけた、どこか父性を感じさせる人でね。
上司の奥さまとは、今も年賀状のやりとりの中で、あの頃を思い出すことがある。

心理テストの答えは 「今になって、一番自分が感謝している人物」 (人間教育された) だという。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/444273752.html ( 上司の死去 )
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2020年02月25日

交友関係

前日に誘いを受けて、既婚者の男女5人で小料理屋に集合した24日。

座敷で足を崩し、ビールで乾杯。
テーブルには、一品料理に刺身、焼き物、揚げ物と続く。
味覚を人物に例えれば、薄味もいれば、濃味もいるし、辛味に甘味、珍味と話題は広がる。
河岸を替えたハイカウンターでは、18歳未満禁止 「マル秘トーク」 炸裂。
夜は笑いに包まれて更けていく。

もう大勢で騒ぐこともなく、少人数で会話をわかちあい、サシで飲むことも珍しくない。
人と会えば視野も広がるし、会話とお酒はストレス解消になるから、明日への活力にもなる。
その点、女性の方が体力と好奇心があり、意外にもコミュニケーション能力が高くて器用だ。
男のようにくだらない見栄や嫉妬、名刺や年齢でしゃべらないから、どこかホッとするというか。
話に加わらないで、ただ聞いているだけでも寛げて、女性があたえてくれる 「今」 に身をおける。

偶然の道連れに過ぎないが、酸いも甘いも噛み分けた、50代の 「交友関係」 は素敵である。
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2020年02月24日

12th Anniversary

2月22日 開店 「12周年」 を迎えた。
十二支、または、小中高 「6+3+3=12年」 は、節目なる意識に重ねていた。

このブログも同じこと。
小学1年生の書き方と、小学6年生の卒業文集が同じでは、あまりにも進歩がなさすぎる。
受験を控えた中学3年生の考え方と、実社会や大学へ進学する高校3年生の考え方が同じであれば、これまた同じことで、僕は卒業アルバムを見返すタイプでもないから、過去を潔しとしない。
それに、青臭くて見れたものじゃないので、常に意識は今においてある。

店も同じこと。
歳月に喜怒哀楽あれ、過去の出来事にとらわれず、ただ前を向いて営業している。
そのためにも、自分が決めたルールは守ることを念頭に、歩み続けているだけ。
あたりまえのことでしかないが、そのあたりまえこそ険しく、当然、怠け心もある。
そういうときほど、お風呂でいう湯加減 「いいかげん」 な気持ちで乗り切るようにしている。

今さら、育ちがよくなったり、頭がよくなるわけはないから、愚直に前を向くしかないんだ。
そんな、愚直な日々につきあって頂いている、お客さんには心からの謝意を申し上げます。

Special Thanks    Y&M  Watabe

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/473376991.html ( 自分の店 )

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2020年02月23日

Nobuyuki Tsujii  (P)

「清流のような透明感に琴線が触れた」

最高の弾き手は 「盲目のピアニスト」 だという。
ジャズなら 「エロル・ガーナー」 「ジョージ・シュアリング」 などが思い浮かぶ。
クラシックなら 「神の耳」 をもって生まれてきたのが 「辻井伸行」 だろう。
ハンデが、バネになったからだ。

22日 午後2時開演 「新潟 りゅーとぴあホール」 は満員札止め。
ひとりの音色を聴きに、これだけのオーディエンスが集まったのだ。
僕もこの日のため、2週間前から、彼が弾く 「巨匠の名曲」 を耳に湿らせておいた。
ショパン 「英雄ポロネーズ」 ベートーベン 「テンペスト」 など、なじみある曲。

クラシックをすました顔で聴けるほど、上品な耳を持ち合わせていない。
だが、きれいは目に映るものだが、美しいは心に響くもの。
その心を響かせたのは 「雑念のない魂」 なんだろうね。

沸き起こる、カーテンコールは全3回。
最後のアンコールは、完成度極める ショパン 「革命」。
4回目のコールは、お茶目にも自ら鍵盤のフタを閉じて、会場の笑いと拍手で終了を告げる。
鳴りやまぬ拍手の中、ステージ中央で歩行援護を受けて、正面左の舞台袖まで13歩で姿を消した。

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2020年02月22日

面会謝絶

急性白血病で入院した、競泳 「池江璃花子」 が、闘病生活を終えた心境をテレビで語っていた。

昔、ガンは 「死を宣告された病」 だった。
今、医学の進歩により、本人の意思と手厚い医療の力で、生存率の見通しも高くなった。

「急性白血病」 で思い出すのが、小中高で同じ柔道部 (道場) の好敵手だった同級生。
同じ病を発症後、治療空しく 「16歳」 青春真っ只中で亡くなった。
三回忌、仏壇に焼香をお願いに行くと、闘病中の様子を聞くことができた。

入院先は 「新潟がんセンター」 で、当時は明訓高校の正面玄関が見える病室だった。
毎朝、窓越しから、同い年の生徒が登校する姿を見ては、人知れず泣いていたという。
その話を聞いたとき 「会えなくて、よかったのかも」 と、よぎった記憶がある。

在校中、少しでも励まそうと、部活帰りに先輩らと見舞いへ行くも 「面会謝絶」 で引き返したこと数回。
「そんなに悪いのか」 と重い足どりのまま、次に会ったのは、棺に横たわる安らかな死に顔だった。
もし、あの時に会っていたら、励みになっただろうが、みんなで帰った後、病室にひとり残された心境を思うと、逆に寂しい思いをさせたことになったのでは。

「このあと、みんなで古町で遊んで帰るのかな」 
そう思わせたら、見舞いに来る前以上に、孤独な気持ちにさせたかも知れない。
患者は敏感になっているから、見舞いが 「真意」 か 「形式」 か見抜いてしまうだろう。
もちろん、全員が真意で行ったが、手厚い気持ちで面会に行かないと、人を孤独にさせてしまう。

今になれば、あのときに会えればよかったのか、それとも会えず終いでよかったのか。
それはわからぬも 「命の尊さ」 を学んだことは事実。

40年前のことを思い出すのは、今も彼は僕の心の中で生きているんだと思う。
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2020年02月21日

教養消費

20日 乳白色の雲が空一面を覆っていた。

新潟でも、新型コロナウイルスの拡散防止を受けて、イベントの中止などの水際対策も広まってきた。
今は確実な情報をもとに、手洗いなどの励行に努め、心の整理をつけて行動すればいいと思う。
不安が蔓延すると、経済も疲弊するから、適宜に加減を知れば、耐性もつくものだ。

マスクの買い占めによる、品薄が問題になっている。
消費増税前の買い占め同様、日用品や医薬品は 「教養の範囲内での消費」 だと思っている。
それこそ 「何を買い占めようか」 など考えて生きているようでは、ハイエナやハゲタカじゃあるまいし、心の衛生上、不健康極まりない。

不安と欲求が大きすぎると 「遣わぬタンス預金」 と同じで 「安物買いの銭失い」 とはこのことでさ。
不安の対処に追われながら、不安の枠から出られない内は、不安に寄生して生きているように見える。

だいたい、いい大人が教養的な商品をめぐって 「買い占め」 する姿って、カッコ悪いじゃん !
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2020年02月20日

Jazz Talk Vol.101

「 Jazz Talk 」 も 「 100 」 で終わらせることなく、続いて 「 101 」 となる。

今回は 「ラウンジ演奏」 について、私見を語る。
ネガティブなアプローチになるが、日本人は生演奏を前にすると 「通ぶる」 傾向がある。
それは、真剣に聴いているメッセージでもあるので、決して悪いことではないが、やや一面すぎる。

海外においてのジャズは 「リラクゼーション」 の音楽である。
一部のクラブでも、生演奏を聴くスペースとバーが仕切られており、その時の気分で居場所を選べる。
バーにいても、ワンステージ聴きたいと思えば、ミュージックチャージを払い、自由に行き来できる。
スペースに限りはあるけど、一つの間口の中で選択の自由がある。
演奏者もたまり場が欲しいだろうが、専門談議の光景が一般のお客さんにどう映るかはわからないし、その分、客の出入りが頻繁になる保証もない。

「 YouTube 」 で、その場面に近い映像を添付した。
パブ風の店で、ピアニストが名曲 「 sunny 」 をソロ演奏してるが、周囲を囲む客の様子にも注目。
原曲のサビの部分 「 I Love You 」 と合唱しながら 「 You 」 を、恋人の名前に入れ替えたり、カップルで和やかに食事をしたり、カウンターでハグしたり、再会をよろこびあっていたりと自由だ。
生演奏をバックに、ガヤガヤした雰囲気を楽しんでおり、演奏者も空気を楽しんでいる。
これがポピュラーな楽しみ方で、真剣に聴く会場はそれとして、何より音楽の TPO がわかっている。

そこが日本とは違い、音楽を娯楽にしているため、斜にかまえて聴いていない。
だから、楽器やレコード、アンプやスピーカーうんぬん、上手い下手、どうでもいいことは口にしない。
大衆的に楽しめて、演奏者に敬意を示しつつ、自由で都会的な雰囲気がイカすんだ。

日本人だから、変えようないと思うが、僕はこういう 「ラウンジの雰囲気」 も好きだな。

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2020年02月19日

人間関係

「 SNS  」 の交流をしない僕でさえ、世の中の狭さはつくづく感じる。

異なる場で出会った人が、身近でつながっていたり。

親しくもない人だったが、話すとウマが合っていたり。

人つきあいに基準こそあるが、年齢差にこだわらず、自然で純粋な関係だけが機能している。

四方八方、ムダに顔は広げないし、わかりやすい人と等身大の親しみが 「人間関係」 のコツか。
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2020年02月18日

死刑求刑

16年7月 相模原市の障害者施設で、45人を殺傷した被告に裁判員裁判は死刑を求刑した。

検察は 「更生の見込みはない」 と判断した。
凶行は身勝手極まりない動機だが、なぜ被告は施設の職員として勤務したのか、その初心を知りたい。

誤解を恐れずに言えば、むしろ、真面目に近い側の人間が従事する職業である。
しかし、真面目な人の頭は硬直しやすいため、考えにタメがないぶん 「わからない人間はバカだ」 と決めつけたがる傾向が 「タチの悪い思いこみ」 となり、過激に豹変したともいえる。

僕は 「無神論者」 なので、死後の世界に興味はない。
それでも、人間は 「性善説」 で生まれてくると思っている。
だが、性善説は生まれてまもない頃と、死ぬ瞬間と間際だけで、それ以外は悪行まみれじゃないかな。
生きるためには、森林を破壊し、動物を殺めなけれならず、人の足をひっぱったり、だまし討ちをしたり、いさかいや憤りも絶えないのであり、生きる動機の中で 「欲の権化」 が生じてくるわけでさ。
もちろん、だれでも善でありたいが、生きるためには悪も生じるので、苦痛がともなう。
そう考えれば、生きるのは葛藤であり、死期と同時に性悪説から 「性善説に返る」 のかもしれない。

被告は 「意思の疎通ができない障害者は、社会のお荷物でしかない」 動機から、犯行に及んだ。
コンピューターの世界では、文字や数字を打ち間違っても理解されず、ただ再入力だけを求められる。
つまり、イエス・ノー 0・1 白・黒の世界があるだけで 「理解を持ち合わせていない」 のが怖さだ。
そんな被告は、目の前に咲く花を見ても、足で踏みつけて去る 「人間的な心がない」 と思える。

他人の気持ちに興味を持てない社会なのかも。 
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2020年02月17日

雨の休日

16日 雨足が強くなりだした、午後3時30分。

アカデミー賞を受賞した韓国映画 「パラサイト」 (半地下の家族) を 「Tジョイ万代」 で鑑賞。
上映中なので詳しく書けないが、きわめて簡単に言えば、他人の家に住み続ける奇想天外な物語。
韓国社会で犠牲になった家族を 「隠しテーマ」 に、切実さと愚かさの両面を見事に描いている。
積もった感情が、何かの拍子で化学反応を起こすと、どんな悲劇につながるかわからない。

「雨の休日」 は、不思議と映画館で過ごすことが多い。
鑑賞後は 「サンマルク・カフェ」 で、どしゃ降りの雨を眺めながら、芳しい香りと会話で寛ぐ。
雨の日は、遠出は避けたいし、傘と手荷物で足回りも不便になるため、近場に居場所を置きたい。
雨の夜も、湿った空気に包まれるせいか、おちついた気分に浸れ、静かに気持ちも整ってくる。

また、鑑賞した映画が良ければ、残像に満ちた夜となる。

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2020年02月16日

Jazz Talk Vol.100

ジャズの雑文も延べ 「 242 」 本目となった。

そのうち、ノー・タイトルでつづっている 「 Jazz Talk 」 は、今回で 「 100 」 本目。
区切りのいいところで、僕の考える 「 Jazz Bar 」 の在り方を語りたい。

当店はジャズを聴きながら、リラックスして雑談できる 「緩いジャズバー」 をコンセプトにしている。
ジャズの知識よりも、センスを重んじるため、くどくて博識ぶる、暗いウンチクはいらない。
あくまでも、会話の妨げにならないボリュームで 「疲れを癒す空間」 に仕上げている。

ジャズ喫茶は音響、ジャズクラブは生演奏、ジャズバーはBGM、テイストはそれぞれの趣向。
ジャズは好きだが、強いこだわりはないし、自慢げに論ずる、身のほど知らずではない。
「たかがジャズ」 と思っているし、狭苦しい考えで、閉鎖的な空間にはしたくないんだ。

「なぜジャズか」 それが 「されどジャズ」 で、長年聴いてきた名刺代わりで 「大人の音楽」 である。
早い話、ジャズ好きなマスターが看板を灯す 「気軽なショットバー」 と思ってもらえばいい。
こんなに 「敷居の低いジャズバー」 もないだろうし、むしろ、歩むべき方向だと思っている。

ジャズを普及する使命感はないが、社会貢献の観点でいえば、文化は広く浅く次世代へ継承するもの。
それが、興味をつなぐことと考えてるので、雑談を後押しするように、その場面にジャズをのせている。

文章にするとむずかしそうだが、整理すればわかりやすく、考え方は 「シンプル」 なんだ。

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2020年02月15日

無題雑記 226

ずいぶん、日が長くなってきたと感じるこの頃。

14日の正午、本町の気温計は、17℃を示しており、4月中旬の陽気だった。

15日 やや肌寒いもの、街にやわらかい日差しが満ちた、穏やかな午後である。

今年は暖冬少雪のため、春の訪れに愛でる、心模様は薄らぐようだ。

毎年、同じカレンダーで過ごしているのに、春に向かう風景に感じる心も違う。

季節に合った気候で、旬の食材を味わい、開花を見て過ごし、満ちた時を過ごしたい。
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2020年02月14日

無題雑記 225

店周辺の深夜工事による断水のため、木曜は深夜0時で営業を終了。

こんな機会もそうそうないので、その後は駅前の繁華街で知人と過ごしていた。
夜を生業にすると、街の様子が見えなくなるが、昔ほど遅い時間まで飲む人も少なくなった。

十数年前は不景気により、雇用情勢は悪化の一途をたどっていた。
それでも、深夜の仕事は穴場であったため、人はそれなりに定着していたはず。

それが今では、働き手を確保するのが困難で、営業時間の短縮や規模の縮小もうかがえる。
深夜労働を含む 3K (キツイ・キタナイ・キケン) の仕事は敬遠されやすいので、90年前後のように外国人枠は拡大の一方だろうか。

それに適材適所な仕事でなくても、その場を乗り切るためのシフト優先になりがち。
特に飲食店は雇用が少なくては回らず、忙しい時間に見合った人の配置もむずかしいと思える。

日本流の 「おもてなし」 も、人をつかいこなしてのことなので、人員計画にもコツと技がいるようだ。
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2020年02月13日

煩悩診断

新潟市の健康診断を受診。

診断結果は来月だが、特に自覚症状はない。
痛風の原因となった尿酸値は、薬を服用せずに水分補給でまかない、半年間は発症していない。
身長に対して、理想体重はほど遠いが、特に摂生も意識していない。
これが、僕のいい加減さで、運動をしたり、食事を制限する努力は苦手だ。

病を頭でっかちに考えてない。
人は潜在的に感じる機能が備わっているため、肉体の変化を感じる賢さがあればいい。
「おかしいな」 「これぐらい大丈夫」 そんな判断の中で、肉体をコントロールをしている。

店のお客さんに、医療従事者の方がいる。
おかしなことに、患者に養生を勧める立場なのに、自分の健康には無頓着。
云わば 「医者の不養生」 でさ (笑)

また、お坊さんのように、善行的な立場であっても、時には酒や女に身を開放すると聞く。
荒行を乗り越えた先でも 「精進料理」 では、人間の自由を奪ってしまうんじゃないか。
知識や戒律など、あって不足はないが、それに縛られすぎると 「自由さえ閉塞的な気持ち」 になる。

人生も健康も 「煩悩の犬は追えども去らず」 (生きていれば不安はつきまとう) である。
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2020年02月12日

野村克也

11日 プロ野球 「野村克也」 前監督が死去した。

僕の亡き父と同い年だったせいか、ヤクルトの監督時代から、どことなく 「父性」 を感じていた。

卓越した野球理論をだれにでもわかりやすく説明できて、阪神の監督に就任が決まったとき、講演会へ聞きに行った際も、聴衆のツボをわかっており、掛け値なしで野球を愛していることが伝わってきた。

幸せな人生だったと思う。
選手、監督として実績を残し、輝かしい時代も不遇な時代あれど、人生を野球一筋にかけた。
また、ユニフォームを着ているときとは違ったオーラで、解説 講演 執筆という、新しき試みをもちいて、野球人としての 「人生哲学」 を広く伝えた。

正直、野村なき、プロ野球はつまらない。
時として、監督としての自分と、語り部としての自分を使い分けた。

郷愁の中で振り返れば、野村監督の遺産は 「人を育てて残した」 ことに尽きると思う。

勝つこと以上に、これが一番むずかしいことなんだ。
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2020年02月11日

買い食い

ある日の夕方、スーパーの総菜コーナーで、揚げ物を選んでいた。

すると後方から、まだ幼さが残る3人連れの高校生が学生服姿のまま、惣菜コーナーに近づいてきた。
見るからに、校則に違反しなさそうな優等生タイプは、それぞれがトングを手に 「コロッケ」 「ハムカツ」 どれにしようか選んでいる様子で、ひとりがはさんだのが 「ちくわの磯辺揚げ」 だった。

すると、他の子もならうように、ちくわだけを袋に入れて、レジに向かっていった。
あれは、長細い一本を半分に立て切りにしてあり、見た目のボリューム感で食べた気がする。
見慣れない姿の3人組は、売場で浮いた存在ながら 「ちくわ揚げ」 だけを手にして小銭で精算する、あどけない姿を横目にしたら、自分の高校時代を思い出した。

栄養も考えず、家に着くまで待ち切れず、ポケットの小銭で買い食いするあたり。
その光景、私立のブレザー姿で、スムージーや流行りのお菓子では、そんな気持ちにはならない。
公立の昔ながらの学生服で、コーラにちくわの組み合わせに、家庭風景が思い浮かんで愛しくなる。

あと2年もすれば、自分で稼いだアルバイト代で、腹いっぱい食えるようになるだろう。
こういう腹を空かせた 「青春貧乏」 こそ、後々の思い出にもなるもの。
僕の頃は、バス停前の小さなパン屋で 「見切りパン」 を小銭で買い食いしていた。

当時、腹を空かせた仲間同士、ちぎってとりわけたパンひとつに、友情が育まれたと思う。
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2020年02月10日

存在意義

来月閉店する、新潟三越での買い物も 「これが最後かな」 と思いながら、フロアを見て回る。

今はそれほど装いにこだわらないから、ひいきの専門店もなく、新しい店を開拓したい欲求もない。
これからは、買うモノを選り分けて 「すっきりとした暮らし」 を描いている。

値段で買ってもいいのは日用品、それも消耗品ぐらいで、循環しないモノは欲しがらない。
もともと物欲も少ないから 「のど元過ぎれば、熱さ忘れる」 で、我慢もそれなりにできる。
後になって 「なんでこんなモノを欲しがったのか」 と、首を傾げるモノはだれにでもあろう。

こう書くと 「老い先、短い人生」 に思われるが、経験が 「足るを知る」 ようになる。
仕事と家庭、共感できる人間関係、リラックスできる場所があれば、ほとほと楽しく暮らせるもの。
モノに包まれて生きるより、自然体で交われる 「個性に包まれて生きたい」 と思うようになる。

寒い街角、肩を並べて歩き、立ち止まった信号で 「メシ、なに食べる」 と。
そう聞かれて 「なんでもいい」 と答えるようではダメだし、これが 「大人の手打ち」 となる。
ケンカの一つ二つしても、ほとぼりがさめたら、素直に交わせる人間関係は、お金じゃ買えないからね。

自分を粉飾する年齢ではないし、その分、気軽に純粋で生きられることが 「存在意義」 なのかも。
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