2019年12月12日

ROPPONGI PIT-INN

東京在住時、一番好きなライブハウスだったのが、アコースティックジャズの聖地 「新宿ピットイン」
まだ、新宿伊勢丹の裏路地の地下にある頃で、今以上にアングラな雰囲気がただよっていた。

同時に 「六本木ピットイン」 という系列店もあった。

新宿が4ビートなら、六本木は8ビートが主流で、時のフュージョンブームに乗り、ロックやブルースなどジャズに限定しないライブを展開し、多くの若者たちを集客した、エレクトリックジャズの聖地。
77年に開店、04年に閉店したが、70年代 「山下達郎」 「高中正義」 「坂本龍一」 「カシオペア」 と偉大なミュージシャンを生みだした。

僕は 「新宿派」 だったが、それでも 「六本木カラー」 をたまに聴きに出かけていた。
その頃には、列記した名前は出演してなかったが、その後の手練を多く輩出した登竜門。
新宿は硬派な男性客が占めるが、六本木は若い女性客の黄色い声援が飛ぶようなステージ。
新宿とは似ても似つかない、東京タワーを背景にした、都会の雰囲気があってね。

80年代後半、グループによっては、とりあえずメロディーはあるも、ソロ回しばかりという感じで、元なるスタイルはジャズだが、リズムやアレンジは16ビート、似たような曲でテクニックのコンテストのようで、フュージョンが変節してきたような時代。
後に 「イカすバンド天国」 とか、流行としてのバンドブームがおきて 「玉石混交」 時代だった。

当時、気さくに会話できた、ジャズピアノの貴公子と呼ばれた 「益田幹夫」 さん。
ブームに試行錯誤し、早い段階で本来のジャズに、カムバックしたひとりだった。
その頃には、本格的にジャズを聴くようになっていたし、それこそ良質なフュージョンだけが残った。
若い耳に 「フュージョン」 は楽しかったけど、並走した先 「ジャズにおちついた」 んだ。

演奏がうまいことは大切だけど、技術を見せるだけでなく 「情緒を伝えること」 の重要性もあるよね。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/427079730.html ( SHINJUKU PIT-INN  )

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする