2019年12月08日

相 槌

世の中、次第に電子化されていく中、こんな光景を見た。

業務の効率化を図るため、多くの場所に自動券売機が設置されるようになった。
若い人は操作に手慣れた様子だが、中高年になるとやや戸惑うことも多くなる。
僕も対面窓口で購入するタイプなので、画面タッチはまだ不慣れな部類に入る。

ある日、画面に不慣れな中高年の客が、若い店員さんに手ほどきをされながら操作をしていた。
するとその度 「もう、めんどう」 「ああさっぱり、わからない」 など、だれに言っているのかわからない、無駄口と相づちを繰り返す姿を目にした。
その際 「なるほど、こういうムダな言動が、周囲にストレスをおよぼすのか」 と思えた。

会社勤めの頃、面接と人材育成も兼ねていた。
そのとき、小さなストレスを受けたのが、おちつきのない 「相づち」 だった。
適度な相づちは会話が弾むので、ありがたい反応な一方、説明してる段階、打たなくてもいい相づちを過度に繰り返されたり、言葉をかぶせられたりすると、下手に 「うるさく」 感じるもの。

つなげるところ、わきまえるところ、無駄に相づちを打ちすぎると、相手はかえって話しにくい。
沈黙が我慢できないのだろうが、集中して聞いてもらっていた方が、相手もノッて話ができるもの。
合理的に考えれば、時間の節約になるし、何よりイライラせず、ストレスもためこまずにいられる。
僕は人から説明を乞うときは、この部分に気をつけている。

先日、若い女性店員から、券売機の操作を教えてもらった。
その流れに沿いながら 「勉強になりました」 と一言添えると、ニコッとされた。
お客のためにした努力が評価され、感謝される世界であるべきだろう。

わからないことを人から教えてもらうとき、愚痴なる無駄口、うるさい相づちなどいらない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする