2019年12月31日

小さな抱負

「今年も年を越せたな」 (少しため息まじりで) 

サラリーマン時代、そんなこと思いもしなかった。
これが 「個人事業主の本音」 である。

景気は回復しているというが 「川下の商い」 には景況感は薄い。
小規模店は、少し目を離すとすぐになくなる一方、増えるのは大規模店と流行店だけ。
資金力が幅を効かせる時代、個人が店舗を構え 「単独開業」 するリスクはさらに高まる。

どうあがいても、小規模店 (プライベート店) は大規模店 (パブリック店) には太刀打ちできない。
経営格差は認めるも、個人店が考えるのは、大衆店にはできない 「特別感」 を提供することだろう。
つまり、自分なりのスペースが確保され、独創性ある 「くつろぎ空間」 のあるなしに行き着くかと思う。

生きていく上、時代の変化と年齢の衰えには、どうあがいても逆らえない。
それでも前を向いて、毎年のハードルをクリアすることが、店と客の 「長き共通性」 であると思える。

これが来年 「2020」 に向けた、小さなジャズバーの 「小さな抱負」 である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月30日

最終営業日

今夜 30日を最後に今年の営業を締める。

毎年12月は、走馬灯のようにお客さんの顔が思い浮かび、それにまつわるエピソードを思いおこす。
顧客のカルテは頭に収納されているので、少しのきっかけで 「一時停止」 が解かれ、当時の記憶が 「自動再生」 されてくる。

記憶に霧がかっている部分もあるが、バーは 「お客さんと空気を作る」 のが基本。
仰々しい会員制ではないが、顧客のお顔とカルテが 「会員制」 (名刺) のようなもの。
街場に顔が通用する、大人バー (隠れ家) の一軒ぐらいはあってもいいはず。

来年も日夜、看板を灯す。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月29日

SADAO 2019 LIVE

今年 最も観に行きたかった 「渡辺貞夫」 のライブ音源が今月リリースされ、今聴きこんでいる。

本作、8月 「ブルーノート東京」 でのライブ録音。
CDジャケットからして、若手プレイヤーには求めるべくもない、貫禄と風格がただよっている。

ピアノ 「ラッセル・フェランテ」
ベース 「ジョン・パティトゥッチ」
ドラム 「スティーブ・ガッド」 の豪華メンバー。
長年、信頼のおけるメンバーだからこそ、良い音楽が生まれることを実感した。

絶妙なリズムにフィルインを添える、フェランテ。
伸びのいいビートでリードする、ジョン。
ブラシを用いた、軽快なリズムを刻む、ガッド。
極めて、日本的なアルトの美しさが光る、サダオさん。

とりわけよかったのは、神経の行き届いた、ガッドのブラシワーク。
トレードマークである、黒いスティックに本領あるも、こだわらないのが、ファーストコールドラマー。
音楽的レンジの広さは随一である。

渡辺貞夫さんは、日本が世界に誇るサックス奏者 「 Mr. Made In JAPAN 」
僕の鑑賞記でいえば、ステージで演奏をしていないときの立ち振る舞いも、渋くてイカすんだ。
次なる日本人の担い手は 「ナベサダ」 になることではなく、その人にしかないオリジナルを求む。

ジャズを愛するゆえに 「憎まれ口」 を叩いておく。
「 この魅力、ガキにわかってたまるか 」 

( 最低10年、聴いて語りやがれ! )

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月28日

無題雑記 218

28日 年末商戦がはじまったようだ。

万代の商業施設は人であふれ、師走の押し迫りを感じる。

スーパーでは、食品の匂いと人間の体臭が混じり合う空気に包まれていた。

この人ごみの中には、きっと知る顔もフラフラと買い物をしているのであろう。

年の瀬、毎日手にする荷物は重くて仕方がない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月27日

無病息災

26日 クリスマスツリーをかたづけると、店内の雰囲気が急に寒々しく感じた。

この感覚、引越しのかたづけが一段落つき、夕暮れの閑散とした部屋に、ひとりで佇んでいる気分だ。
明日には、しめ縄を飾り、押し迫る年の瀬で、一年を振り返る頃になる。

令和元年、残すところ、あと4日。
連日、なじみのお客さんが止まり木に着き、暮れの挨拶も兼ねて、楽しい夜が続いている。

今年は 「いい年」 だった。
この5年ほど、妻の体調が芳しくなかったが、今ではスポーツジムに通えるほど快復した。
振り返れば、気を張って生きてきた。

ある年の師走、病院からの帰り道。
買い物客で賑わう街をひとりで歩いていると、周囲の人がやたら幸せそうに見えた。
心の中では 「何も求めないから、日常生活に戻してくれ」 そんな願いだけだった。

「無病息災」 これ以上の幸せはないことを、今こうして噛みしめて生きている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月26日

原則禁止

マスク着用の接客に対する考え方は多様化している。

スーパーの大手が、従業員のマスク着用を 「原則禁止」 にした。
原則の配慮は、かぜの飛沫感染を防止することだが、サービス上では好ましくないとの判断をされた。

そこは 「型なる判断」 だと思う。
仕組みが便利になるほど、人は言葉を発することなく、客もシンプルな接客に慣れてきた。
セルフレジがその例で、だれともかかわらなく、声を発しなくても、かんたんに精算できる。
この傾向は増加し、今や 「シンプルな接客」 に舵を切った。

悪く言えば、事務的に商品を売り買いし、余計な言葉を交わすことなく、精算して帰る行為の繰り返し。
「会話を通じたうるおい」 よりも、資本主義による大量販売と大量消費の選択をした。
最近のポイント還元ブームも、人間関係よりも 「消費者は一円でも安くなることしか頭にない」 から、経済的に得をした気にさせて、精神的な誇りのようなものを奪っていると思う。

その流れの中で、店員がマスクをするしないは、形式的なことにしか過ぎず、こちらが要望したことを、キチンとやってくれればそれでいい。
接客業にたずさわる人にとって、最高の声は 「個人的に好印象をもってもらうこと」 であって、マスクを着用しても、客のためにやるべき接客をしていれば、別段問題はなかろうに。

接客は内面の気持ちがにじみでるから、表面をマスクで隠しても、接客レベルは透けて見えるもの。
マスクをしてもしなくても、あらゆる機会の中で声がけしてくれる人は、ちゃんとしているものだ。

だけど 「お客さまを第一に考えております」 という、大手スーパーの企業理念は感心するよ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月25日

聖夜の幹事

24日 5年ぶりのクリスマスパーティー

長年の常連さまが企画し、ボックスだけのプチパーティー形式。
テーブルには、シャンパンとケーキ、チキンにサラダやオードブルなど、順を追ってところ狭し。
BGMは 「ティル・ブレナー」 「アニタ・ベイカー」 「寺井尚子」 などをおりまぜる。

料理は妻が担当し、仕込みは段取り八分、ケーキ以外は全て手作り。
この日のために、二週間ほど前から、あれこれと献立を考えていた。
僕は黒子として、さりげなく様子を見守り、ケアするのが性に合っている。
長年のパートナーなので、ささいなことで衝突することもなく、穏やかに仕事を進められる。

「5年ぶり」 には、理由もある。
妻の体調が芳しくなく、入退院を繰り返した時期があった。
表向きにそぶりは見せぬも、内心の感情は揺れ動いていた。
度重なりは 「ケース・バイ・ケース」 で、お客さんの愛情にも支えられて、今がある。

今回の女性幹事とは、長年ほどよい距離感で、いつまでも変わらぬ、常連客のひとり。

時の流れに代えると、そこに見えてくる心遣いに 「おかげさま」 の念は尽きない。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月24日

体調管理

忘年会シーズンも終幕に近づき、今夜のクリスマスイブをはさんで、来週から新年会シーズンに入る。

この時期になると 「体重計に乗るのがこわい」 という声をよく聞く。
各種会合、会費を払った分、もとはとらねば損だと考えるのも、せいぜい30代までだろう。
それを 「コスパ」 というのなら、相撲部屋にでも入門すればいい。
代謝の弱くなった体に、暴飲暴食は百害あって一利なし。

40代になれば、自分の胃袋と競うより、その時間に対価を払うべき。
万事につけ、酒場は良い面も悪い面も兼ね備えている。
一般的にバーは、アルコールがメインで、食べたとしても軽いおつまみ程度。
暴飲はマスターに止められるも、暴食はできないので、決して食べ過ぎることのない場所。

一番いいのは、一杯単価、一品単価、その日の体調に合わせて、悠然と楽しく飲むこと。

ご贔屓の皆さま、くれぐれも体調に、ご自愛くださいませ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月23日

僕の少年

世の中 「お揃い文化」 で生きていると、人の顔が同じように見えてならない。

いい顔とは、美顔や美形だけではない。
いい顔になるには、時間と経験を要し、自身の年齢を受け容れる潔さの気がする。

アイドル系は、見た目の華やかさ、気立てがいいから、アイドルでいられる。
その間、若さを手段にして、磨きをかけた子だけが、中高年になっても輝きを残せる。
若い魅力は 「男の子」 「女の子」 であっても 「大人の性」 ではない。

「子ども文化」 に慣らされた現代、子ども返りではない、少年への回帰が必要だ。
今までカッコいいとされた対象も、そろそろ考えないといけない時代になろうか。
人の顔が創られるというのは、年齢を重ねることを認識した人の証になるのかもね。

ただし、自分を粉飾せず、少年少女の心を忘れないのが、熟年の魅力になるのでは。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月22日

無題雑記 217

21日 くもり時々雨。

窓から射しこむ薄明かりを手もとに照らし、薄っぺらい本を読んでいた。
次第に陽が傾き、部屋の明かりをつけるか迷う時刻。

湿った街中を自転車で走り、一通りの用事を済ませて帰宅。
ドアを開けると、スパイシーな匂いがただよってきた。

仕事の前は、あまりモノは食べないが、カレーの誘惑に食欲は抑えきれず。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月21日

赤色の傘

先週 小雨模様の夕方。

傘をさして、短い横断歩道で信号待ちをしていた。
目の前には、母と思春期の息子と思しき親子が一組、赤い傘の中で信号待ちをしている。
何やら、ささいなことで言い争いでもしたのか、二人の態度は気づまりしているようにも見えた。
その30分後、母親である女性の姿を見かけることになる。

スーパーの花売り場で、お店に飾ろうか迷っていた、真っ赤なポインセチアをながめていた。
帰りに横断歩道の脇にある花屋に目を向けると、先ほどの女性も閉じた赤い傘を左手に持ったまま、真っ赤なポインセチアをながめていた。
「この人も、ポインセチアが好きなのか」

その姿の先にある光景を思い浮かべると、少しだけ親子の関係に親しみを覚えた。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月20日

無題雑記 216

19日 西の空が黄昏色に染まり、鰯雲が広がる。

夕陽に向かって、カラスの群れがねぐらへと帰る。
するとそれまで隠れていた、雀の群れが現れる。

街路樹は、もう一枚も葉が残っていない。
その姿、逆さまに置いた 「竹ほうき」 のように見える。

オフィスビルの明かりが一斉に灯る、16時30分の万代。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月19日

お父さん

彼は 「新しい未来の訪れ」 を心待ちにしていた。

独身の頃から、結婚の意思を周囲に公言し、誠意のある出会いと別れを繰り返した。

その甲斐あり、晴れて結婚し、新居を構え、それまでとは違う気持ちで過ごすようになった。

口を開けば声がうわずり、黙っていても自然と笑みがこぼれる。

12月13日 45歳にして 「お父さん」 になった、長年の常連客である 「Sさん」

第一子の誕生、心から、おめでとう。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月18日

栄養失調

わが家、月曜日には冷蔵庫が空になるので、土曜日ぐらいから、来週一週間分の献立を考え始める。

その頃になると、妻に 「ねえ、リクエストある」 と聞かれるため、僕もぼんやりとは考えておく。
しかし、男の飯は大雑把だから 「かつ丼」 「天丼」 などの、どんぶりモノしか思い浮かばない。
たまに思い浮かんでも 「ハムカツ」 「唐揚げ」 など、四文字の居酒屋メニューのようなものばかり。

間違っても 「トマトとモッツアレラサラダ」 「アボガドとマグロのカルパッチョ」 などの感性はないので、結局は妻に献立を任せてしまう。
創作的な横文字メニューは、女友達との食事会で満たしてもらい、普段は単純な嗜好に合わせている。

料理はお願いしているので、やることといえば買い物とごみ出しで、食については至って単純。
妻が刺し場の花板なら、僕は焼き場、揚げ場、煮方、洗い場にも属さない、裏口の修行僧である。
買い物に至っては、出前みたいなもので、市場代わりのスーパーでは、物価を実感できるようになる。

役割が違うことが、平穏無事の秘訣。
あまり台所には立ち入らないし、料理にあれこれと口出ししないから、食のいさかいもない。
店のカウンターに立っているので、家に帰ってまで 「水回りに居たくない」 と思うんだろうね。

男女平等とはいえ 「男子厨房に入る」 タイプではない。
数年前、少し料理を教えてもらった時期もあったが 「台所は女の領域だな」 と身にしみて感じた。
だから 「七面鳥をオーブンに入れて」 みたいな、夫婦一緒に仲良く料理を作る場面はないんだよね。

食卓に感謝をしながら、もし独りになったら、わたしゃ  「栄養失調」 になるかも知れん 😵
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月17日

脱忘年会

近年 若い社員の 「忘年会離れ」 が著しいと聞く。

その心情は理解できる。
僕もそうであったから。

上司の本当か嘘かわからない武勇伝を聞かされ、その独演会につきあわされる身になってごらんよ。
「今の若いのは」 「昔はこうで」  そんな枕詞からはじまり、延々と熱弁が繰り返される。
これじゃ、お刺身も乾いてしまうし、心の中では 「時代が違うよ」 と思われているのがオチ。
基本的に 「おしゃべり」 と 「会話」 は違うため、前者のタイプにつかまると大変なんだよ。

だけど、僕は参加したよ。
なぜなら、好き嫌いで場を避けていたら、会社活動にロスを生むから。
それに、会社の悩みのほとんどは人間関係で、結局はコミュニケーションの問題に行き着くもの。
どの道、接触を避けられないのであれば、苦手な相手と会話できるように、場慣れしておくべきだ。

ケータイ電話の普及により、意識は大きく変わった。
固定電話を介した、わずかな緊張感が薄れ、人との接触が選択的になってきた。
そうすると、自分と同質な人としか接触しないため、異質な人との接触が減ってしまう。
そこで、異質な人と出会うと、間合いのとり方がわからないため、余計にその溝を深めてしまう。
こうして、部下は上司と話せなくなり、上司は部下の話を聞けなくなり、おたがい 「対話音痴」 になる。

まずは 「席に着く」 (合わせること) からはじまる。
宴席のコミュニケーション技術なんてのは 「二の次」 でいい。
その代わり、二次会は身銭を切って、自由に遊んでくればいい。
金魚のフンみたいに、いつまでもついて回ることはしなくていい。
上司も部下を解放して、おたがいの趣向が合えば同行すればいい。

もう少し世代を越えて、年の瀬の忘年会ぐらいは、普通に笑ったり、普通に会話をできないのかな。
どうせなら、宴席に呼ばれる、可愛げのある人物になることも大事でさ。

同じ料理を取り分けて、酒を酌み交わして、気持ちが氷解することってあるんだよな。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/471972859.html ( 対話の席 )
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月16日

Melodies

「山下達郎」 好きでもないが、その素晴らしさはわかっている。

名曲 「クリスマス・イブ」 が収録されている、83年のアルバム 「メロディーズ」
37年の年月が過ぎても、まったく色あせることのない名盤中の名盤だ。

全体を通じて、高度な演奏に支えられ、メロディーやリズムがシンプルで、文学的な歌詞が特徴的。
それは懐古的ではなく、仮想世界に引きこまれるような、ファンタスティックな風景が見えてくる。
アルバム前半は夏を歌い、後半は秋から冬の移ろいを歌い、お待ちかね 「クリスマス・イブ」 へ。
移り行く季節の中で、人間の温かさが描かれており、一冊の不思議な絵本のようである。
僕は、あまり歌モノは聴かなかったけど、このアルバムの出来映えは特筆できる。

中でも 「メリーゴーランド」 の歌詞は、今でも口ずさめるほど印象的。
「真夜中の遊園地に君と二人、そっと忍びこんで入った」
「さびついた金網を乗り越え、かけだすといつも月が昇ってきた」 の歌詞。
「亜麻色の月明かりの下で、僕たちは笑いながら愛し合った」
「色あせた水玉のベンチは、滅びゆく時の匂いがしみついていた」 更なる歌詞。

自分の中に残る、少年の心がよみがえり 「幻想空間」 にいるような錯覚をおぼえる。
まるで 「村上春樹」 ばりの、いざないのある 「タツロウ・ワールド」 が広がる。
軽やかにして繊細、こんな美しいアルバムを作れる、彼のチケットが入手しにくいのは納得だ。

一週間後、どこもかしこも 「クリスマス・イブ」 流れる夜に、少し切ない回想を。

 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月15日

三越閉店

先日 夕方の県内ニュースで、来年3月に閉店する 「新潟三越」 を特集していた。

高度成長期、活況ある新潟の下町 (しもまち)は、個人商店が軒を列ね、地域社会を支え合っていた。
しかし、近くにスーパーができると、次第に個人商店には足が遠退き、それまでの人間関係が薄れた。
品揃いが豊富で安くて便利が理由で、事務的に買い物を済ませ、地域の営みや文化までも途絶えた。
それこそ、今の政治 「一強多弱」 に似た構図で、スーパーだけでなく、百貨店や量販店ができれば、資本力による 「弱肉強食」 となる。

長年、新潟三越は、新潟の中心部に 「上品な活況」 をもたらした。
だが、それがもとで、商売をたたまざる得なかった、個人商店も数知れず。
それが、今では三越をカタログショップにして、客はウインドショッピングしながら、家からネットで注文をしているんだから、もはや地域がうるおわなくなるのはあたりまえ。
この発想、スーパーの見切り品だけを買いに行くのと同じだし、駅前の立ち食いの行列と変わりない。

それでいて 「閉店は寂しい」 とか言い出し、閉店セールになるとひょっこり現れる。
外面は手編みのセーターの温もりがいいというも、内面は機械編みの安価なセーター狙いのようでさ。
だから、新潟三越が閉店しても、これまで 「どれだけの個人商店をつぶしてきたか」 を少し考えれば、時代背景による情緒的な寂しさはあっても、商業的な寂しさは 「嘘っぱち」 に思える。
世の中、そうそう寂しいことはないし、そもそも 「本当の寂しさ」 なんて知らないだろう。

寂しさの裏付けなく 「寂しさに酔う」 のは、一番かっこ悪い姿じゃん。
新潟はこの傾向が強く、新しいモノにはすぐに飛びつくが、どうせ飽きることを繰り返す。
その店へ行く気のない人ほど 「今度、行きます」 と、口当たりのいいセリフを吐くのと同じでさ。
商いをすればわかるが、本当に行く人は黙って行くし、それこそが 「精神的な誇り」 なんだよな。

これが、図星じゃないか。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月14日

夜の指定席

「年末年始、何してる」

連夜 そんな声を耳にする、バーカウンター。
冬のボーナスも入り、長い人であれば9連休らしいが、僕のような凡人には、耐え難い長さである。
社会は 「働き方改革」 として、よりよい自由を拡充し、ゆとりを満喫できるよう、大きく舵を切った。

そのこと事態はいい。
だけど、長々と休むより、仕事をしているときのほうが、自分らしくて楽しいと思う人も少なくはない。
何を隠そう、僕もそのひとりで、仕事の忙しさを不幸だと思ったことはない。

定年退職も同じようなもので、気力や能力もあるのに、自動的な仕組みで働ける場を得られなくなる。
人には個人差があるのに、定年退職はバカげた制度だと思うし、それを説くのが面倒なので、退職金を出すから、これで解決してくれという見方もできなくはない。

人は矛盾を抱えている。
「暇になると、忙しいほうがいい」 「冬になれば、夏がいい」 「所帯を持てば、独身がいい」 と言う。
つまり 「借りた傘も、雨が上がれば邪魔になる」 あの矛盾だよ。

これまで、カウンターでお客さんを見てきた。
値段が高そうだ、雰囲気がなじめないなど、経験不足な不安を抱えて、おちつきのない姿ほど暇な人。
忙しい人ほど、その合間を縫って過ごす、酸いも甘いも噛分けた、おちついた姿がそこにあるものだ。

バーは寂しげな雰囲気のない、大人の孤独力が集まる 「夜の指定席」 Reserved seat でもある。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月13日

核家族

12日 妻は母とカラオケへ。

実の息子以上に仲が良く、病院にも気軽に付き添う。

親からすれば 「老いては子に従え」 だが、わが家は 「老いては妻に従え」 の方がうまくいく。

僕からすれば、妻の献身が 「親孝行」 だと、調子のいいことを言っている。

家を継承しない 「核家族」 だが、その先にあるのは魂だから。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月12日

ROPPONGI PIT-INN

東京在住時、一番好きなライブハウスだったのが、アコースティックジャズの聖地 「新宿ピットイン」
まだ、新宿伊勢丹の裏路地の地下にある頃で、今以上にアングラな雰囲気がただよっていた。

同時に 「六本木ピットイン」 という系列店もあった。

新宿が4ビートなら、六本木は8ビートが主流で、時のフュージョンブームに乗り、ロックやブルースなどジャズに限定しないライブを展開し、多くの若者たちを集客した、エレクトリックジャズの聖地。
77年に開店、04年に閉店したが、70年代 「山下達郎」 「高中正義」 「坂本龍一」 「カシオペア」 と偉大なミュージシャンを生みだした。

僕は 「新宿派」 だったが、それでも 「六本木カラー」 をたまに聴きに出かけていた。
その頃には、列記した名前は出演してなかったが、その後の手練を多く輩出した登竜門。
新宿は硬派な男性客が占めるが、六本木は若い女性客の黄色い声援が飛ぶようなステージ。
新宿とは似ても似つかない、東京タワーを背景にした、都会の雰囲気があってね。

80年代後半、グループによっては、とりあえずメロディーはあるも、ソロ回しばかりという感じで、元なるスタイルはジャズだが、リズムやアレンジは16ビート、似たような曲でテクニックのコンテストのようで、フュージョンが変節してきたような時代。
後に 「イカすバンド天国」 とか、流行としてのバンドブームがおきて 「玉石混交」 時代だった。

当時、気さくに会話できた、ジャズピアノの貴公子と呼ばれた 「益田幹夫」 さん。
ブームに試行錯誤し、早い段階で本来のジャズに、カムバックしたひとりだった。
その頃には、本格的にジャズを聴くようになっていたし、それこそ良質なフュージョンだけが残った。
若い耳に 「フュージョン」 は楽しかったけど、並走した先 「ジャズにおちついた」 んだ。

演奏がうまいことは大切だけど、技術を見せるだけでなく 「情緒を伝えること」 の重要性もあるよね。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/427079730.html ( SHINJUKU PIT-INN  )

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする