2019年09月29日

一心同体

28日 「ワールドラグビー」 一次リーグ A組 日本第2戦。

世界ランキング2位の優勝候補 「アイルランド」 を相手に 「19−12」 で、予想を覆し勝利した。
今月6日 「南アフリカ」 との壮行試合の完敗が、ウソであったかのような内容だった。

日本はいわゆる 「外人部隊」 (連合チーム) である。
風習や言語の違い、自己主張も強く、普通なら、ワンチーム (一心同体) も、ままならない。
ヘッドコーチ 「ジェイミー・ジョセフ」 と キャプテン 「リーチ・マイケル」 は、戦略と戦術、メンタル面、フィジカル面をめぐり、対立したことを明かしている。

勝つというのは、そういうことかもしれない。
選手同士であれば 「あいつはライバルになるから、ぶっ潰してやる」 と、レギュラーポジションを競う。
結果、真にフェアな闘いができて、どちらかが引退した後、真の友達になったりするものだ。
日本人は人情的に割り切れなく、公私の温情が勝利を引き寄せにくくしている気がする。
それを克服してこその 「 One for all All for one 」 に続く 「ノーサイド精神」 じゃないかな。

しかし、ここは日本だ。
外国人コーチが 「世界に目を向けろ」 と鼓舞しても、選手は冷ややかな目で見たであろう。
だから 「郷に入っては郷に従え」 で日本の心をつかみ、過去に大敗した理由を徹底的に検証すれば 「次はこうすれば勝てる」 実行性が見えてくる。
それが見えてこそ、チームが一丸となり、同じ目標に向かうのが、団体競技の醍醐味である。

外人部隊は、習慣や考えを理解するまでの時間は要するが、決して近道をせずに山を乗り越えたとき 「血湧き肉躍る」 チームになっていると思える。
エンターテインメントの感動ではなく 「ドキュメンタリーな感動」 に、共感しないわけがない。

自国開催のプライドにかけ、まずは 「ベスト8」 進出、それからは、無神論者ながら、神のみぞ知る。
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2019年09月28日

慣れた味

わが家の週末は、隔週ペースで 「カレーライス」 が食卓に上る。

週末は用事が立てこむため、段取りよく、手早く作ることができるからだ。
「カツカレー」 「ドライカレー」 「ハヤシライス」 種類は問わぬも、カレーライスは食感が滑らかなので、食べ過ぎてしまいがち。
また、カレーとアルコールは、相性が合わないので、冷水のおいしいこと。

食べ過ぎを防ぐため、前菜のサラダには、ボリュームをおいてもらっている。
キャベツのミックスサラダにアルアルファを混ぜ、ブロッコリーにトマト、きゅうりにゆでたまごを盛りつけ、好みのドレッシングをかける。
先にサラダで、少し腹を満たしておけば、カレーライスの量にセーブが利くもの。

カレーライスに特徴があるとすれば、食感と咀嚼が合わさるから、ペロッと平らげられること。
そうすると、ゆっくりと晩酌しながら食べる、くつろぎの時間が奪われてしまう。
また、早食いで寝ると体重増加、逆流性胃腸炎をおこしかねないから、食べ方は自重せねば。

まあ、長年慣れ親しんできた 「家庭のカレー」 が一番ではあるが。
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2019年09月27日

高騰品薄

「キンモクセイの香り」 を鼻にした深夜。

食卓に 「新秋刀魚」 が上った。
庶民の味も、地球温暖化と公海での乱獲による漁獲量の減少が 「高騰品薄」 をひきおこした。
そもそも 「食い意地」 が、もたらした現象でもある。

日本はサンマに限らず、景気のいい時代から、世界の高級食材をかき集めては、食の贅をつくした。
食文化の広がりは認めるも 「食べ放題」 なる、愚の骨頂を蔓延 (まんえん) させた。
今でも、カニやマグロにお肉まで、限りある資源を原始的に食い漁るから、人間の欲求は尽きない。

グルメリポートと称した情報番組でも、A級に近いB級グルメ特集、メガ盛りの店など、懲りずに話題性を競っているが、家畜のエサじゃあるまいし、大食い選手権なんてのは、卒業の段階であろう。
僕自身、足るを知れば、定食メニューで十分だし、たまにだから、自分の味覚と感性で贅を満たす。
年中、よだれを垂らし、動物的に食い漁り、うまい不味いと口にするのも、男の本厄42歳ぐらいまで。
それ以降にもなれば、素食に価値を見出して、いい会話もつまみに飲むことを楽しめるようになる。

若いときは 「サンマなんて、貧乏くさくて食えるか」 と、この口は突っ張っていた。
だが、それは自己顕示欲がもたらした見栄で、本当のところは 「食の未熟」 さであってね。
今は、サンマの骨をきれいに外し、身を余すことなく、ワタの苦みも味わえる。
青魚は調理法によっては、好き嫌いもあるが 「食の成長」 は、たしなみに表れるもの。

最高のグルメは、食に感謝し、作ってくれた人に敬意を持つことだと思う。
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2019年09月26日

Spectrum

ピアニストにあたえられた平等な条件は、88の音階をたたき出す白と黒の鍵盤。

世界屈指のジャズピアニスト 「上原ひろみ」
3年ぶりの新潟公演は 「ソロツアー」 となる。
日程が12月10日なので、涙を呑むところだが、ソロコンサートは耳慣れしていないとややむずかしい。

一口にソロピアノでも、そのスタイルはさまざま。
左手でベースラインとハーモニーを奏で、右手でメロディーラインを弾く。
基本的なところは一致しているが、自分の好きなスタイルにたどり着くまでが、長い道のりとなる。

僕自身、手もとに残してある、ソロピアノアルバムは限られている。
再聴するのは、テクニカルなだけではなく、イマジネーションが豊かで、リリカルなアルバム。
例えば、ビル・エバンス 「 Alone 」 キース・ジャレット 「 The Melody At Night With You 」

「告白的なアルバム」 が好きだ。
もちろん、ソウルフルで黒っぽいフィーリングも好きだし、クラシックなポピュラーも好きだ。
今、この気分で 「心が欲しがる音」 こそ、自分が求めているソロピアノ。
音楽を記号や符号で聴いていないので、欲するは自分の心境に近い音になる。

彼女の音楽は、爆発的なプレイスタイルにある。
超人的なテクニックはとどまることを知らず、さまざまな挑戦と力強さに多くの人から支持される。
その音楽性、ジャズの枠に収まらず、現在 過去 未来を感じさせる 「夢ある音源」 が詰まっている。
コンサートをより楽しむためにも、あらかじめアルバムを大筋で聴きこんで、出かけるのがいいだろう。

「あなたの感性」 いかに

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/444412586.html ( SPARK )

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2019年09月25日

無題雑記 202

今年も、あと3か月あまり。

会社であれば、4月ほどではないにせよ、10月は下期の人事異動がある。
転勤の挨拶をされることもあれば、特に何も告げられないまま、どこかの地へ引き上げる人もいるなど、知る顔の行方は交差する。

毎日の頻度で行くスーパーでも、顔ぶれの変化に気づき、責任者の顔写真が入れ替わっていたり、人それぞれが仕事に架け橋を担っている。

見慣れた顔が変わると趣も変わり、役割が模範的になったり、きびきびとした動作の中、たんたんとした優しさがあったり、その顔ぶれがなじむまでには、やや時間を要する。

近々、そんな雰囲気も感じながら、買い物かごに商品を入れて、お目当てのレジに並ぶのであろう。 
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2019年09月24日

無題雑記 201

23日 秋分の日の午後1時、バーベキューへ誘われていた。

職業上、寝覚めの体では悲鳴を上げてしまうので、場所を変えた二軒目で合流。
これでも、口開けは早すぎるが、サクッと飲んで、次の店で腰を落ちつかせる。

痛風を患ってからは、好きなビールを控えていたが、休日は解放することにしている。
そのため、普段はウイスキーの水割りで制御しているので、これぐらいはいいだろう。
休日は 「伸ばせる羽は伸ばす」 ことが、健康の秘訣。

楽しい夜だった。
楽しい会話でしかつながっていないからだ。
だから、自然とシリアスな会話でも和める。

そんな調子であれば、いつでも楽しい空気で過ごせるし、今さら男女の垣根もない。
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2019年09月23日

友人命日

2011年 9月24日 享年46歳 「よっちゃん」 の命日。

半ば、人間不信に陥っていたころ、人つきあいの楽しさを教えてくれたのが彼だった。
本当に楽しかったし、彼のおかげで心の傷が癒された。
人によって、傷の深さはそれぞれだが 「おまえもそうなのか」 と笑いあえた男。

「そうか、俺の人生、こういう男と出会ってなかっただけのことか」 と思ったら、心が軽くなった。
人つきあい、周りがどういおうと、自分にとっていいやつが友達であるが、そう長くは続かなかった。
まるで、学生時代の交差点で 「じゃあな」 で別れて、それっきりのような儚さと喪失感。

生前の名誉は俺が守るから、心配せずに安らかでいてくれ。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/227586021.html ( All Alone )

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2019年09月22日

越後の女

新潟は 「いい女が多い」 といわれる。

情が厚く、たくましく、よく働くことから、自立性は高い。
しかも、美人が多く、昔から 「嫁にするなら、越後の女」 といわれるほど、県外からの評判すこぶる。

そのせいか 「新潟は杉と男は育たない」 と、不名誉な言い伝えもある。
長男ほどかわいがられ、わがままに育ち、自立心に欠けて、寄り合い的に狭い地域の連帯を好むとか。
真意はともかく、男は一度は旅に出て、外の空気を吸って帰ってくるべき。
まだ、すねかじりな学生の身分ではなく、家庭に事情さえなければ、豊かな回り道だと思って、自活するのもいいだろう。

数年前 「かっこいい女」 の代表として、女の憧れの的となった女優 「夏木マリ」 がコラムで、恋愛に年齢は関係なく 「時間を感じる男」 と出会いたいと語っていた。
いい男は、即席では仕上がらず、長い時間がかかるという。
それを目にして、何人かの男が思い浮かんだ。
共通していたのは、大人の色気を放つ中に、少年のような出で立ちで、群れず、媚びず、威張らない。

男に評判の悪い男が、女にモテた話は聞いたことない。
いつまでも不良かぶれしていて、はた迷惑なだけの男。
仮にモテたとしても、あおり運転に同乗していた、ガラケー女との 「バカップル」 のような男でさ。
男が警察に連行されるとき 「喜本さーん、手えちゅないでぇー」 と叫んだあいつこそ 「杉の木」 で、あれが新潟の女なら、野郎の頬に張り手の一発、二発は食らわしたんじゃないか。

男と女の基本は、あるときは価値観が一致し、あるときは異なり、それを認めてこその共存。
時間を感じる相手とは、主従関係でなく、長い時間をかけて、熟成されたパートナーであってさ。

新潟県の離婚率が低いのも 「越後の女」 の内助によるところが大きいと思える。
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2019年09月20日

優しい彼

40代、シングルマザーは、複雑な人生の恋多き女性。

彼女と知り合って長いが、それまでの彼氏も何人か見てきた。
男に何を求めるかは自由だが 「いい男の基準」 がないと、不毛な関係だけを繰り返す。

ある夜、遠距離恋愛の彼氏と来店した。
「また、顔が違うな」 と思ったが、今までの男とは、少し毛並みが違った。
彼女の話を穏やかに聞く姿の中に、子連れを受け止める覚悟を感じた。

彼の地味な見た目だけで、回りから心ないことを言われたらしい。
だが、大事なのは、だれに何を言われても、心が合えば、見た目は二の次。
見た目は若者の特権だが、熟年世代の男女は、人として魅力がなければ、恋愛の対象にならない。

女性によっては、金銭的な生活保障ばかりいうタイプもいる。
立派な理想を掲げても、本当に好きになるのは、自分を心から求めてくれる男性であろう。
それに、女性の連れ子でも 「わが子のように愛情を注げる器量」 があるかどうか。

作家 「レイモンド・チャンドラー」 の有名な言葉 「優しくなければ、男じゃない」
本当の優しさは、イザという出来事でしかわからないというが、では、イザとはどんなときで、実際にイザなるときがあったのかと聞けば、そんなことは、めったにないのがオチ。

だったら、イザというときの優しさに淡い期待などせず、日常で優しい男のほうが安心すると思う。
それに、優しさは考えてすることではないし 「本能が優しい男」 を見抜くべきでさ。
帰り際 「どう思う」 と耳打ちされたが 「大事にしてくれそうだね」 というと、少し目をうるませていた。

人生の後半に見いだした 「優しい彼」 であって欲しい。
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2019年09月18日

無題雑記 200

17日 14時に寝覚めたら、ベッドの下に読みかけの本が扇状に落ちていた。

どこまで読んだかわからぬまま、睡魔に力が抜け落ちてしまったようだ。
枕もとの老眼鏡をケースにしまい、熱めのシャワーを勢いよく頭から浴びた。

コーヒーショップで過ごしてから、紀伊國屋書店でジャズのCDを2枚購入。
スーパーで家庭食材をまとめ買いし、自転車の前カゴとハンドルにエコバック4袋を積む。
遠目だと 「昭和の廃品回収のおっさん」 に思われそうだ。

冷蔵庫に食材を振り分けてから、夕方に広げた朝刊を斜め読みする。
コンロの着火音、野菜を刻む音、食器の音が台所から響いてくると、仕事の時間が迫ることを告げる。

さっきまで、窓の外の暮れゆく、秋空を感じていたのに、いつのまにか、夜となっていた。
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2019年09月17日

天皇皇后

「敬老の日」 休日の夕方。
万代では 「にいがた総踊り」 (最終日) の楽しそうな観客の群れが溢れていた。

一方 「国民文化祭」 の開会式にご出席のため 「天皇皇后両陛下」 が新潟入りしている。
萬代橋の両岸では、厳重な交通規制が敷かれ、物々しい警備の中、通行人が身を固くしていた。

時刻は、17時30分。
ホテルオークラの交差点で、偶然に通りがかり、足止めされること3分。
川岸町方向より、白バイ隊に先導された黒塗りの公用車から、沿道の人々に微笑んで手を振るのは、天皇陛下と皇后雅子様。
初めて間近で見た 「雅子様」 は、品格の装い、品位ある振る舞いに、日本国の気品を漂わせていた。
その姿、優しく、賢く、たくましい日本女性を象徴する 「凛とした美しさ」 に、心が清らかとなった。

雅子様は、外交官の頃から 「キース・ジャレット」 を愛好しているという。
説明するまでもない名盤 「ケルン・コンサート」 を愛聴していると思うと、自然に親近感もわく。

こうして、雅子様との共通点を無理やりひねり出し 「大人の妄想メルヘン」 で、僕は悦に入る。
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2019年09月16日

無題雑記 199

長年の生活リズムが 「6勤1休」 なので、このペースが乱れると、疲れを持ち越しやすくなる。
15日 寝覚めが遅く、店の買い出しを思い浮かべながらも 「何とかなる」 で、二度寝にふける。

長年愛用の目覚まし時計も、手先の振動と落下の衝撃を受け続けて、性能が劣化してきた様子。
電池を交換しても遅れ、一度アラームを止めて5分刻みに鳴る機能もしなくなり、買い替え時である。
「長持ちしたなあ」 と感謝しつつ、今は時計に頼らなくても、それなりの時間には自然と目覚めるので、あわてて買いに行くこともない。

痛風の症状は、あれからおきていない。
マメに水分補給をするようにしてから、尿酸値が下がったようだ。
あたりまえだが、汗もかきやすくなり、小水の回数も増えている。
残尿感はないから、膀胱が大きく柔らかいと思っていたが、これはマトハズレな勘違いだった。

最近、妻が 「尿酸値を抑えるヨーグルト」 なる、市販の健康食品を常備するようになった。
常連客からも 「お水を十分に飲む」 「野菜や果物の抗酸化栄養素をとる」 「いい睡眠と軽い運動」 など、善意のアドバイスも多くなり、早い話 「日常を心がける」 愛のメッセージである。

健康を意識しながら、酒ならぬ、薬の飲みすぎも避けたい。
健康にとらわれすぎて、すべての煩悩 (ぼんのう) をなくしたら、人生もつまらないし ・・

ああ、揺れ動く、男50代。
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2019年09月14日

無題雑記 198

13日 月光盛んな夜空を見上げたら、中秋の名月。

直木賞候補だった、朝倉かすみ 「平場の月」 を書店で購入。
作風はいいが、周辺描写が細かすぎる小説は、僕の読解力では、心象風景が追いつかず。
構成的な相性の違いでしかないが、半分も読めずに表紙を閉じた。

月つながりで、散文する。
高台から、月をながめるのも素敵だ。
夜道、月明かりに照らされながら、雲の切れ間から見える月は、もっと情緒的だ。

移ろう季節に常連客から、みずみずしい 「すだち」 を複数個、頂戴した。
新物 「サンマ」 に搾り、食卓で舌鼓を打つ日は近し。
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2019年09月13日

育休取得

第4次 「安倍再改造内閣」 が発足した。

注目は環境大臣に抜てきされた 小泉進次郎。
8月に結婚、年明けに第一子を予定し 「育休取得」 の賛否両論には、保留の立場をとっている。

個人的に一定の立場になったら、その 「行使は反対」 である。
核家族化が進み、育メンのモデルケースを期待されているようだが、大臣が育休の行使をするなんて、何ごとかと思うし、その間に大ごとがおきたら、だれが責任をとるか。

足るを知れば、肩書にふさわしい収入と権限も与えられている。
行使するのは 「平役」 の話で、それがイヤなら、立場を受けるべきではない。

働き方改革も同じで、ボスはだれよりも早く、だれよりも遅く残り、従業員を早く家庭に戻してやる。
大相撲のちゃんこ鍋じゃあるまいし、自分にストイックになれないボスに、胆力なんて期待できない。
奥さんも立場を見越して結婚したし、育休うんぬん、親父に威厳があれば、子どもは真っ直ぐに育つ。

ボスのモデルケースの方が、立場としては必要だと思うね。
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2019年09月12日

大要劇場

新潟の下町にある、成人映画館 「大要劇場」 が、8月末で閉館した。

新聞で知る以前、風の便りで耳にはしていたが、営業年数が55年というから、成人映画としての時代の役割は終わるべきして、終わったような気がする。

最盛期、劇場の入口では、ピンクの艶めかしい肌をあらわにした淫らなお姉さんたちが、男性を手招きするかのように、淫乱なポーズとキャッチコピーが描かれた、エロチックなポスターが連貼りされていた。
性体験はおろか、性知識もない少年たちは、その横を通るたび、拝むような姿勢で股間を熱くしていた。
あの館内で 「どんな妖しい映画が上映されてるのか」 何度も自転車で行ったり来たりしては、妄想が妄想をふくらませ、大人の世界をイメージしていた。

おかしかったのは 「附船町行き」 のバスに乗ると、劇場前交差点の信号で停車したとき。
進行方向の左側には、先ほどのエロポスターが人目を引き、車内が一瞬だけ静まり返るんだ。
その沈黙にバツが悪くなるのか、女性客は下を向き、親子連れはムリに会話をはじめたり、妙な空気に包まれる中 「左窓は男、右窓は女」 という具合に、座席と吊革には、暗黙の位置取りがあった。

そんな劇場を曖昧にしておくのも、下町の支え合いだった。
それを有害だ下品だ、子どもの教育上という人ほど、子どもに具体的なことを教えられない。
見せないことが教育で、興味を封じこめた 「不自由な正論」 で、フタをするのが教育じゃない。

世の中、単純に白黒をつけられないが、ほとんどは 「グレーゾーン」 と言ってもいいだろう。
その適応がわからないと、融通のきかない子どもとなり、曖昧さがあるからこそ、人間らしさでさ。
今は、ボタン操作だけで知識は得られるが、世間との接触を拒むから、肝心な心が育たないんだよ。

そんな 「エロ映画館」 は、少年の性教育と自立を早めた 「踏み絵」 だったんじゃ、バンザーイ 😃

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2019年09月10日

肉体操縦

今週、7連勤となる。

肉体をクルマにたとえるなら、若いときは、最高出力の高いエンジンとオートマチックな性能がある。
この年齢になると、エンジンは脆弱するも、その日の調子に適応した、ギアに切り替えられる。

パワーやスピードは落ちる分、長年の経験で運転技術 (ハンドリング) がわかってくる感覚。
冬の朝、エンジンを暖めないまま、強引にクルマを走らせると、故障の原因になるのと同じでさ。

一週間、頭が運転席なら、体が車体となり、運転のペース配分を均等にすることを意識する。
そこを、30代のころと、同じ感覚で走っていると、60代で 「ポンコツカー」 になってしまう。

長く運転するためには、定期的に車検を通し、どうせなら 「クラシックカー」 になりたいもの。
そのための燃料が、嗜好品である 「ウイスキー」 であってさ。

そういいながら 「痛風」 になってれば、世話ねえか (笑)
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2019年09月09日

新自転車

8日 「今日は予定のない休日だ」 と思うと、全身の血液のめぐりがよくなる感じがした。

一般的な休日は、土日の二日でワンセット、祝祭日を充てれば、三日のワンセットにもなる。
理想は一日を骨休みにし、もう一日はリフレッシュに充て、日曜の夜は家で明日に備えるのだろうけど、僕の日曜は骨休みか、短時間のリフレッシュか、体調と気分を照らし合わせて、どちらかを選択する。
その休日は週一なので、身の回りの用事をこなし、昼夜の適宜なタイミングで、僅かな自由をあてがう。

そんな今日は、自転車を買いに行くと決めており、イトーヨーカドー丸大本町店へ。
タイプは、ショッピングでも、サイクリングにも使える、27インチのオートライト、変速ギアの前カゴ付。
決め手は、山下達郎 「新・東京ラプソティー」 の歌詞の出だし 「一番好きな緑色の自転車と ・・」 が頭の中で流れ、購買意欲をもたらした。

現物は緑色ではないが、自転車で 「街へ飛び出したくなる」 衝動パターンは、もはや高校生並みだ。
それまでの自転車も捨て難く、天候や用途で使い分けようと思うが、友達のような愛着もあってさ。
まあ、自転車といっても、高級でもなく、高性能でもない、どこにでも走っている、シティサイクル。

こんな自転車でも、素直にうれしくてね  🚲 💨

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2019年09月08日

痛風対策

拷問のような足の痛みから解かれて、3週間が過ぎた。

診断結果は 「痛風」 ながら、処方薬の服用を断り、生活習慣で尿酸値を改善することにした。
今は毎食、水代わりのビールを控え、コーヒーの杯数も減らし、あれ以来、症状はおさまっている。

これだけではないと思うが、そもそもの誤りは、これで水分補給をしたと思っていたことでさ。
水は水で分けて補給することが大事で、そうでないと脱水症状になり、腎臓の機能が低下し、合併症もありえるというから、今さらながらの 「痛風対策」 である。

だからといって、神経質になっているわけではなく、適量を楽しむことをモットーにしている。
そうでないと、何を楽しみに生きているのか、生活に張りがなくなるし、体の変化も楽しむ考え。
楽観的に生きるには、それなりの意思もいるので、腹の括り方というか、アホになるのも大事だ。

人の致死量は100%、人生は一度きり。
何でもそうだが 「さじ加減」 も必要で、オタオタと悩まず、受けいれながら改善し、今は痛風経験者と話したく、揺れる心で節制はするが、解放する日を設けて、メリハリもつける。

それがわからないやつは 「保健室で座高を測ってろ!」 である。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/469183259.html ( 痛風発症 )
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2019年09月07日

無題雑記 197

6日 2週間後、日本で開催される 「ワールドラグビー」 の壮行試合。

「日本 対 南アフリカ」 は 「7−41」 で、コテンパンにやられた。
この時点、探りあいとはいえ、4年前の因縁なる再戦。
南アフリカはプライドにかけて、同じ相手に2度は負けられない。
日本は 「ベスト8」 進出をかけて、予選4試合あるが、辛勝と大敗が入りまじる気がする。

「にわかファン」 が、ラグビーをつづりたいわけではなく、深く考えずにキーをタッチしている。
キータッチとはいえ、職業ではないので、ブラインドタッチの芸当ならず、人差し指と中指の二本立て。
ピアノなら 「猫ふんじゃった」 レベル。

いつもは 「こういうことを書こう」 と、ぼんやりと頭の中にはあるものを、ひらめきで埋めていくのだが、今日はさっぱりそんな気にもなれず、このまま時間だけが過ぎてゆく。

季節は、夏と秋の境目。
台風の接近で、汗ばむ日となり、着衣も定まらない。
気分転換のオーデコロンも、まだしばらくは柑橘系でいい。

香水といえば、淡い頃に女の子から、手紙をもらったことがある。
何が書いてたか思い出せないが、手紙の余白につけられていた、甘い香水の匂いだけは覚えている。
香水をつける子でもなかったが、きっと母親の化粧台から拝借して、そっとふりかけたんだろうね。

東の空が、白みはじめてきた。
秋の虫の音に、カラスの鳴き声も混じりだす。

僕だけに 「朝と夜」 が、同時に下りたような気がした。
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2019年09月06日

3,000 Up

今回の投稿で記事が 「3.000」 を超えた。

開店4か月後、元新聞記者の勧めで気軽に立ち上げ、年月にして11年と3か月が経過。
目標もなく、よくここまで何の役にも立たない、どうでもいい雑文を散らしてきたものだ。

一貫してきたことは、何をどう書くか。
そのため、頭に収納されている記憶を呼び覚まし、文章とする体験にどういう意味を持たせるか。
また、ブログレベルに、上手下手は二の次で、佳作もへったくれもないからこそ、気軽に続けられた。

そこで、色気を出したり、気負ったりすると 「いい子の見本文」 となり、個性や感情を記せなくなる。
もちろん、個別のテーマに主義や主張を押しつけてないし、日記の形で一方的に発信しているだけで 「つれづれなるまま」 でなければ 「3.000」 の土台は、ムリであってさ。

ただ、ここまで書いて思うことは、流れ消える文章がデータベース化にできるから、お店と共に歩んだ 「あの時代」 「この時代」 というように、年月をブログでたどれる利点がある。
その意味では、年齢相応ではない、青い軌跡だが 「あの時の自分」 「この時の自分」 嘘偽りのない 「そのときの自分」 に違いない。

それが、おちつきをもたらす気分転換となり、頭のリハビリにもつながれば、いいルーティンである。
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