2019年08月31日

本町69年

新潟市民の良き台所 「本町食品センター」 が、庶民に惜しまれつつ、69年の営業に幕を閉じる。

鮮魚を主に精肉、乾物など、区割りされた専門店は、時代の移り変わりとともに規模も小さくなった。
背景には、店主の高齢化、後継者不足、建物の老朽化など、人は時代と年齢には太刀打ちできない。
目利きのできる料理人が、新鮮な海産物を求めに行ける場所としても、台所の土台をささえてるのは、普通の買い物客。

それも高齢者だけに、買い物へ行ける回数や手にできる量も減る一方で、荷物を抱えてまで、BRT (バス連結システム) の乗り換えによる不自由さに、足が遠のいた人もいたようだ。
時代の移り変わりは、努力だけではおよばない。

こうはいうもの、名残惜しむほど利用してないから、リアリズムには欠ける。
だが、下町 (しもまち) 育ちだから、商い同士の境界線を引いた、公衆市場の親しみと面倒さなど 「独特な連帯感」 は見てとれる。

「下町の家は、夜でも玄関を開けっぱなしで寝ていた」 昔の雰囲気に近いのが本町。
生活の範囲で人間関係を作り、仲間同士の結束は強いが、縁のない人とは関わらない、妙なところ。
地域が仲間だから、うかつに泥棒も入れず、スーパーは万引きが多いが、公衆市場は顔見知りが多く、その場でとっつかまえればいいから、防犯カメラの必要もない、いい意味での 「村社会」 がある。

最終日となる、今日30日。
警戒心の強い現代で、本町は商いの桃源郷。
長年の店舗も常連客も、笑い顔とも泣き顔ともつかない顔で、幕を閉じるんだろうね。

僕にとっての台所は、これからも万代と本町になるであろう。
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2019年08月30日

一日単位

一般的に学校であれば、9月1日は新学期のはじまり。

一学期の半端を一度リセットし、また0からスタートできる気持ちになれる。
会社であれば、通期、半期、四半期のようなもの。
私生活であれば、元日、誕生日で一新されようが、大事なことは節目を作ることだろう。

それが大人になると、形式的な節目は迎えるもの、内面への志しが薄くなる。
抱負も、家内安全 商売繁盛 無病息災など、祈願や目標など混ぜて、決まりきった 「四字熟語」 で、具体的なものがなくなる。

その代わり 「今日も無事に過ごせたな」 と、感謝の気持ちが一段と増してくる。
それこそ、毎日リセットボタンを押すようなもので、また0からスタートする 「一日単位」 となる。

僕のような個人事業主になると 「みんなで何か」 というような、きっかけに変わる節目が欲しくなる。
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2019年08月29日

無題雑記 195

晩夏から、初秋にかけた境目は、さわやかな涼しい風が吹き、気分もおちつく。

日暮れは早まり、セミの亡骸が儚く、秋虫の音が秋へと誘う。

寝る際、窓を開けるか、冷房を微弱にするか、扇風機を回すか、変わりやすい天候に予測をめぐらす。

この頃からは、全身にタオルケットをかけて、体温を調整している。

夏の終わりの 「ファイナル・レイン」 かな。
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2019年08月28日

実家消滅

8月も終わりに近づき、20〜30代のお客さんから 「夏の思い出」 を聞く機会も少なくなかった。

当店の場所柄、県外出身者、単身赴任、一人暮らしも多く、若い子なら、少しはホームシックになろう。

僕の年齢になると、思わず 「実家に帰ったか」 と、老婆心なることをいう。
通った道だから、過去を投影した、親心かも知れない。
また、実家というのは、いつでも帰れる場所だが、いずれだれもいなくなる 「消えゆく場所」 でもある。

どんなに仲よく連れ添った両親も、やがていなくなってしまうときは、必ず来るもの。
背中が丸まってくる、親の背中を見ながら、帰省したときは少しでも、長く過ごすようになる。
親との年齢差にもよろうが、家族にしかわからない事情もあるだろう。

だが、実家に息吹があり 「育った家の玄関の匂い」 を嗅げるうちは、幸せだと思うもん。

「たまには、顔を見せに帰りなよ」 というのは、実家がなくなった、男の年の功であってさ。

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2019年08月27日

一本の柱

連日 「2019 世界柔道選手権」 を録画して見ている。

2日目の男子66キロ級、準決勝 「丸山城志朗ー阿部一二三」 は、歴史に残る名勝負となった。
侍のような丸山のたたずまいは、14年の同級覇者 「海老沼 匠」 を彷彿させる美しい強さだった。

08年 「北京五輪」 のとき 00年 「シドニー五輪」 銀メダリスト 「篠原信一」 のコメント。
「このままでは柔道が、柔道ではなくなってしまう」 と、国際柔道に一石を投じた。
たとえば、極端な前傾姿勢から、組まずともかけられる、捨て身技が横行した。
一見、攻めているように見えるが、偽装攻撃でポイントを奪う 「ジャケットレスリング」 と化した。

柔道の基本は、組み合って技を競う格闘技。
そこから、自分が得意とする組み手を作り、相手のバランスを崩して投げる武道。
「立ち技」 からの連携技で 「寝技 関節技 絞め技」 と移行されるのが柔道。
あの北京での結果が物語ったように、あれから 「本来の柔道とは何か」 が、見直されてきた。

強い選手の組手は、どこからでも技をかけられるように、前襟をつかんでいる。
日本人が外国人のような大柄の選手を相手に奥襟をとったら、すぐに自分のスタミナが尽きてしまい、規格外のパワーで持っていかれてしまう。
そうすると体幹を鍛え上げ、どんな組手からでも技を繰り出せる選手が、メダルの最有力候補となる。

この8年ほどの柔道を見ていると、原点に立ち返る 「一本の柱」 が戻ってきたと思える。
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2019年08月26日

痛風発症

26日 自身の血液検査の結果を聞きに某病院へ。

診断の結果、病名 「痛風」
別名 「贅沢病」 だが 「オレ、ぜいたくしてねえし」 (笑)

先週、18日の早朝のこと。
寝ようとしたころ、右足の甲 (骨) に違和感があり、徐々に痛みに襲われた。
足をくじいたり、部位への負担もないのに、痛みの原因がわからず、応急の湿布だけ貼って寝た。

午後に起床。
床に右足をつけた瞬間、今まで経験をしたことのない痛みに襲われ、まともに歩けなくなった。
疲労骨折は考えにくいし 「これは痛風なのか」 と、健康診断で尿酸値が高かったことを思い出す。

日曜は病院が休みの上、万代で友達夫婦と納涼会の予約をしていたので、サポーターとテーピングで患部を保護し、右足に振動をあたえぬように、すり足で歩いて出かけるも、飲み物はウイスキーだけ。
じっとしてれば平気だし、移動時の激痛に耐えれば、あとは寝て起きて病院だから 「はしご酒」 敢行。
19日 午後は病院で痛み止めを処方してもらい、一週間後の今日の診断結果が 「痛風」 となる。

数日間だけ、痛み止めを服用していたが、今は痛みもなく、自覚症状もない。
痛風の薬を服用すると、飲み続けなくてはならないといわれたので、まず体質改善をはかることにした。
これからは、尿酸値を高くするビールや枝豆など 「プリン体」 を控え、水を多く飲んで体内をろ過して、その値に注意を払わなければならない。

長年、医者いらずの肉体を誇ってきたもの、加齢による免疫力の低下に 「ムダな抵抗はやめろ」 と、警笛を鳴らされたようである。
いつまでも 「タイガーマスク」 のつもりでいたが、ついにマスクを脱ぐタイミングがきたようだ。

痛風に気合は通用しない。
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2019年08月25日

生誕90年

国の重要指定文化財に指定されている、萬代橋が 「生誕90年」 を迎えたという。

万代と古町 (新潟島) を、よく往来するため、生活基盤にとけこんだ橋である。
10年ほど前は、体のいい歩道橋にしか思っていなかったが、今はアーチ型の優美な萬代橋の上から、四季の移ろいを見渡せることに、よろこびを感じている。

橋といえば、明石家さんまと大竹しのぶ主演のドラマ 「男女七人夏物語」 (86年) を思い出す。
二人の住まいをつなぐ、隅田川の 「清洲橋」 を舞台に、恋愛を繰り広げられたことはなつかしい。
もし、あの橋がなかったら、恋は実らなかっただろう。

あまり気づいてないかもしれないが、そこに橋があることで、二人の距離は近いものになった。
そう考えると、そこに 「萬代橋」 があることをあたりまえには思わず、橋は人をつなぐ 「人の架け橋」 なんだろうね。

いづれ、消えゆくものは数知れぬ中 「萬代橋」 は、新潟を代表する象徴である。

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2019年08月24日

募金活動

夕方の万代では、夏の恒例行事 「24時間テレビ 愛は地球を救う」 のイベントがはじまっていた。

一年を通じて、被災地への支援金、歳末助け合い運動、署名活動しかり、日本中で多くの募金活動が行われている。
募金は、少しの余裕と安全な場所にいられることが前提だから 「たまには、募金に協力しようかな」 と思ったりする。

また、それがきっかけで 「ボランティア活動」 に目を向ける人もいるだろう。
それも 「たまに」 だからいいんであって、年がら年中では、だれでも辟易 (へきえき) してしまう。
今、手厚い助けが必要なのはどこで 「これなら、ムリなくできそうだ」 と反応したことが、無償の善意。

それを人に見てもらおうとか、人を感動させようなど、よこしまな動機が、いやらしいんであってさ。
だけど何もしないより、何かした方が生産性は高まるが、参加するしないは両面とも正しい。
人の心は、性善説と性悪説が共存しているから、その議論も両面正しいんだ。

そんな 「たまには」 を実感できることが、人のためになると思える。
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2019年08月23日

慈悲の心

親父の命日である、8月23日

3年前、厳粛な密葬 (家族葬) で見送った。

僕の考えは、後悔をしないように、生前に全力を尽くし、最期は潔く死をうけいれる。

だから、遺言は決めており、献体しろ、密葬でいい、葬儀はするな、散骨をしてくれ。

大事なのは 「いつまでも、悲しむな」 と、残された人の慈悲 (じひ) を、解き放させること。



http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/441424522.html ( My Father 1 ) 
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2019年08月22日

外出禁止

「夏休みの宿題は、ギリギリまでやらないタイプだったでしょ」 と、妻に言い当てられたことがある。

そういう妻は、最初にやってしまい、後はのんびりするタイプ。
僕は 「二人のタイプを合わせて割れば、真ん中でバランスがとれる」 と、減らず口を叩いた。

学校の夏休みも終わりにさしかかり、近所の子どもたちが少なくなった気もする。
大人の夏休みは、普段忙しく働いている分 「何もしないこと」 も、ご褒美となる。
しかし、子どもは 「何かをする」 のが夏休み。

映画 「スタンド・バイ・ミー」 のような、少年の好奇心を結集した、どこか 「冒険物語」 を求めている。
むしろ、そういう体験をすることが 「大人の道」 につながり、次の興味 「異性」 へと成長していく。
夏休みの宿題も大事だが、夏の思い出が忘れられず、結局、男は何歳になっても、少年の頃の情操をもとに、今を生きていたりする。

僕は優等生ではなかったし、大人になった今でも、人の模範になれるような人物ではない。
だからこそ、若いときにバカなこともやったから、見えた世界もあったはずで、良くも悪くも今を形成していると思える。

夏休みの宿題なんて、舐めていたもん。
将来を心配した親から、夏休みの後半は宿題を終えるまで 「外出禁止」 を言い渡された。
だから、宿題の筆跡を見れば、一夜漬けでやったことは、一目瞭然でさ。

「勉強しないと、こんなおじさんになるぞ」 と、子どもに言い聞かせるのは、親しき仲間内の枕詞。
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2019年08月21日

記憶返り

20日 日常の光景が戻ってきた。

先週は、お盆期間だったので、最寄りのスーパーは空いており、よく見かける顔も少なかった。
まるで、夏休みなのに親の都合で、どこにも連れて行ってもらえず、鍵をもたされた少年の気分。
それが一変、レジは長蛇の列、すれ違いざまの軽い挨拶も慣れたもので、いつもの生活感が戻った。

お盆が仕事だった人は、今頃が骨休みにあたる。
お墓参りに故郷へ帰る人もいれば、新潟を 「思い出返り」 として、来店いただくこともあった。
それも、長年新潟に暮らしていた 「ひとり客」 が、自分の故郷かのように。

それは、何もおたがいのなつかしさに、とどまるものではない。
年齢をめくる寂しさを、どこか共有しあえる場所のようなもの。

店主として 「ひとりの存在を思いやれる店」 でありたい。
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2019年08月20日

主婦時間

夕方の日差しが、初秋の兆しを感じさせるも、この暑さはまだ続くようだ。

最長9連休を終えて、19日から仕事の人は多かっただろう。
夜の帳 (とばり) も、静かだった。

世の奥様も、子どもは夏休み中だとしても、夫は朝から仕事だから、掃除や洗濯などの家事を自分のペースでこなし、買い物ついでのお茶でも楽しむ余裕は持てただろうか。

盆も過ぎれば、差し迫ってやることも減り、時計を見ながら、ルーティン (規則性) に戻る人もいよう。
それに、時間があれば、出かけるなり、人に会えばいいのに、そんな気にもなれず、夏の疲れをひとりで癒している姿もある。

中には、パート勤めを間に入れて、時間に追われがちな生活で、わずかな有効活用を考えたり。
フッと 「パン教室に通おうかな」  「社交ダンスでも習おうかな」 など、実行性はともかく、思いつきをふくらませたり、どこか夢見る気持ちがあったりさ。

夫は仕事始めでも、妻も家庭という 「日常の規則性」 が始まる。
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2019年08月18日

夏の太陽

作家 「宮沢賢治」 の有名な詩の序文。
「雨にも負けず 風にも負けず 雪にも暑さにも負けぬ ・・・」

僕は暑さには、負けてしまう。
それもこれも、すべては太陽のせいだ。

1984年 夏の太陽は 「恋の季節」 が到来したことを告げた。
青春に色めきだった男子は、カーステレオで洋楽を流しながら、海沿いのカーブにクルマを走らせた。
そこには、太陽にだまされた乙女たちが、ひと夏の経験を目当てに出没していた。

だが、集団催眠におちた恋は、焼けた肌の色が戻っていくように、夏の恋は冷めていくもの。
恋のプロセスに憧れただけの 「恋に恋した恋」 が、上手くいくわけあるまい。
やはり、人を好きになってから、恋をするべきだろう。

初秋の泌尿科では、日焼けした若者たちがうつむいて、診察の順番を待っていた。

この年齢になって、私は何を書いているのでしょうか。

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2019年08月17日

無題雑記 194

16日 万代シティ 午後12時45分発、青山行きのバスに乗車。

小雨ながら、気温31℃、台風10号の接近にともなう、フェーン現象のため、これでも蒸し暑い。
観測地点によっては、気温40℃超えなんて、正気の沙汰ではない。

後部座席に腰をおちつけ、車内はエアコンが効いており、15分ほどの快適なバス乗車。
タクシーも使うが、運転手の設定温度が違いすぎるため、夏場は公共交通機関の方が涼しい。

バスの場合、頭上の吹き出しの角度を調整できるので、風を向けたい部位にあてられるのがいい。
もう少し、乗車していたいと思いつつ、目的のバス停に着くと、引いた汗も再びにじんでくる。

雨でアスファルトが冷やされたからいいもの、強い日射しとフェーン現象も一段落してほしい。
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2019年08月16日

畏敬の念

「1945年 8月15日」 の終戦日から、74年が経過した。

幼心ながら、広島と長崎に原爆を投下し、日本を壊滅に追いこみ、占領下に敷いたアメリカを憎んだ。
しかし、元敵国ながら、映画と音楽 (ジャズ) などの、文化に触れたときの衝撃は大きかった。

スケールの大きさ、フリースピリットに憧れながらも、認めたくない敗戦国としての抵抗が国技だった。
さながら、団体戦では負けたが 「個人戦では、負けた覚えはないぞ」 と思う、心にはびこる反骨心。

アメリカに憧れて心酔するも 「理不尽な言いなりになるもんか」 と、心のどこかで思っていた時代。
日本人にとって、これほど骨の髄まで憎んで、これほど骨の髄まで愛した、そんな国は他にないと思う。

今、平和を脅かすことが多いが 「平和だな」 と思えることが、戦没者への 「畏敬の念」 である。
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2019年08月15日

無題雑記 193

8月の 「折り返し」 となる。

冷夏と予想されてたのに、この猛暑である。
雨が恋しくも、涼風までは、まだ先のこと。

いつから、こんなに暑くなったのかな。
分岐の年は思いつかないが、サラリーマン時代には、麻のスーツとネクタイで歩いていられた。

「新潟まつり」 は、1980年まで、8月23日〜25日の3日間だったと記憶している。
それが、大雨や台風による中止や延期が重なり、今の日程に繰り上げられたはず。

個人的には、あの頃の日程が 「夏のフィナーレ」 としては、叙情的で 「愛は地球を救う」 と2〜3年、かぶっていた記憶もあるが、今後は日程の調整も、検討の余地があるかもね。

水道光熱費の中でも、水道は生命にかかわることなので、遅延しても給止できぬが、そのうち電気代も適用範囲を広げないと、我慢することで熱中症の心配もある。

「シロクマアイス」 食べたい。
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2019年08月14日

無題雑記 192

13日 日中に窓を開けたら、蝉の鳴き声が暑さをあおり立てていた。

日が傾き 「黄昏の萬代橋」 を歩く。
川の流れは小刻みな波紋で早いが、川面の水量は安定している。
時おり、海へと真っ直ぐに続く、柾谷小路から、潮を含んだ西風が走る。

新潟はこれといった、誇れる観光地はなく、中央区には見所も少ない。
しかし、心が和み、知る顔があり、思い出のある場所は数多い。
それが、路地裏だろうと、どこだろうが、道に迷うことのない、自分だけの観光地であればいい。

「日暮の萬代橋」 から見る河川敷では、ペンライトのような小さな灯りが、不揃いに照り並ぶ。
新潟は観光地より 「水の都」 の景観をウリに、美観の街づくりでも、イケるんじゃないかな。
街の清潔感は 「地域の民度を示す」 ことだし、美化が 「安心や観光」 につながると思える。

日の傾きで、秋は確実に近づいているが、体感温度がそれを認めない。
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2019年08月13日

盆に偲ぶ

13日 (お盆) 8日ぶりの休日。

この暑さで、少し疲れがたまっていたので、ようやくホッと一息つける。
お盆だが、墓参りをする寺もなく、分骨した父の遺灰に線香を立て、手を合わせるだけ。
「型」 を考えれば、今日は静かにしていたい。

65歳にして 「パーキンソン症候群」 と認定された、父の面倒を最期まで看取ったから、悔いはない。
母は離婚後、30年以上も再婚者と手を取り合って、今も幸せに暮らしている。

最初の20年は、ボタンの掛け違いのようなズレを修復しないまま、気持ちの悪い状態が続いてたが、自分も結婚して、妻と暮らすうちに、母の気持ちもわかるようになってきた。

年老いた母とは、完全に和解している。
父の遺影を前にしては 「俺は俺で、何とかやってる」 と、語りかけることぐらい。
家族に与えられた試練の中、わかったのは、人はひとりでは生きていけないこと。

そこから 「何を学ぶか」 は、その人の人生だと思う。
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2019年08月12日

祭り劇場

11日 新潟まつりのフィナーレとなる、河川敷からの花火大会。

当店、日の並びを勘案し、日曜日を営業して、13日を代休に充てた。
花火大会に日曜営業したのは、開店以来 「11年ぶり」 のことだった。

もともと、人混みを好まず、花火に興奮するまでもなく、一喜一憂なイベントにすぎない。
新潟まつりを取り巻く環境は、さながら 「祭り劇場」 であるから、何らかの役回りをあたえられる。
民謡流しに参加する人、お神輿を担ぐ人、見物客に商売する人、警備をする人、協賛を寄せる人など、それぞれの役で成り立っている。

それこそ、祭りで神輿を担ぐのが好きか、沿道から見ているのが好きか、それだけの違いでしかなく、どっちの役回りを引き受けるかは、その人の選択に尽きる。

今年は、見物帰りの客を待つ 「バーのマスターの役柄」 で、新潟まつりに参加した。
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2019年08月11日

長期休暇

上りの帰省ピークだった 「お盆9連休」 初日の10日。

新潟まつりの2日目も昼夜、多くの催しが目白押しで、今夜3日目の花火大会でフィナーレを迎える。
するとすぐにお盆が来て、家族と団らん、仲間内で宴を楽しんで、18日には下りの帰省ピークとなる。

僕の過去、長期休暇をとりづらい仕事で、代休中でも緊急連絡を受ける立場だったために、海外へでも行かない限り、頭から仕事が離れない状態だった。
長期休暇は無縁であろうが、今は緊急性がないので気は休まる。

他者からは 「自分の好きにできて、うらやましい」 と思われるようだが、私事の都合が通用するほど、景気のいい時代に開業したわけでなく、長期休暇をとったら、月曜日が来ないような気もする。
例えば、マラソンの途中で疲れて一度立ち止まると、もう走るのが億劫になる徒労感を想像してほしい。

マンネリになるときもあるが、マラソンと同じで 「地味な持久力」 を要する。
世の中、すぐに変化や改革と言われる中で、休日すらままならない、個人経営は 「大いなる不変」 であることも特徴的。

本音を言えば 「長期休暇の余裕」 が、ないんだろうな。
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