2019年06月29日

働く活力

店は忙しい日もあれば、古い業界用語で 「お茶を引く」 暇な日もある。

元々、大した忙しさではないから、大げさな話をする気はない。
暇なら、ボトルやグラスを磨いたり、店内を入念に清掃できるし、そういう日もあってバランスがとれる。
常にきれいな状態で 「お客さんを待つこと」 も、仕事のうち。

その立場 「だれにでもできそうな仕事」 に思われがち。
見てできると思うことは、自分の才能が反応したことだから、やってみればいいが、だいたい失敗する。
過去、脱サラブームで、世の中をなめた枕詞 「 独立して 〜店でも、やるか 」 は、驕りの代名詞。
顛末 「こんなことになるなら、サラリーマンをやめなきゃよかった」 と、多くの人が後悔した姿を見た。
料理人も同じで、組織から独立したのはいいが、5年後にはチェーン店の厨房で働いていたり、見切りをつけて異業種で従事したり、レールを切り替えざる得ない人生も見てきた。

バーの仕事は、お酒の提供だが、そこしか見えない人は 「だれにでもできる仕事」 と決めつける。
言葉を 「100歩譲る」 も、仕事は初対面のお客さんと適宜、状況にあった対話や対応となる。
普通は、緊張とストレスで、その場を外れたがるし、慣れない間合いに、心が悲鳴を上げてしまうもの。
簡単に見えるも、これほど 「見るとやる」 が、異なる仕事もなく、一日カウンターに立ち続けられたら、大したものだと思うし、それができるなら 「だれにでもできる仕事」 と認める。

会社ではないから、営業日報も会議も、朝礼も終礼もない。
組織に属する人に、うらやましがられるが、不安と孤独、怒りや寂しさもつきまとうのが、個人事業主。
サラリーマンはリスク分散できるが、個人は全責任を負うことになる。
最初は、独立の夢に希望を託すも、理想と現実でやるせない不条理を抱え、家庭や人間も崩壊しがち。
想定される負も加味し 「その覚悟があるなら、独立もいいんじゃないか」 と思う。

遅くに仕事が終わり、妻に 「今日、こんなことがあった」 「久しぶりに、某さんが来てくれたよ」 など、共通性がやすらぎとなり 「明日はどんな人と会えるかな」 と思い描くのが 「働く活力」 になる。

会社勤めは、42歳でピリオドを打ったが、サラリーマンに 「リスペクト」 (敬意) は、忘れていない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする