2018年12月14日

Rambo & Rocky

今月のBSチャンネルで、映画 「ランボー」 シリーズ4部作が、二週に分けて一挙放映された。

主演は 「シルベスター・スタローン」
どのシリーズを見ても、たぐいまれなる戦闘ぶりは圧巻だが、とりわけ 「ランボー2 怒りの脱出」 が、内容深い作品で、ベトナム戦争での軍事産業の裏側をえぐった秀作だと思う。
全作、胸のすくようなラストシーンはなく、戦い終えた感傷を残し、強さ上の悲壮感をただよわせる。
現在、72歳で 「ランボー5」 の撮影に挑んでいるのだから 「不死身のワンマンアーミー」 は健在だ。

「ロッキー」 シリーズしかり、全盛期を過ぎた役柄に、何を期待しているのか。
「彼は今、どんな環境で、なにと闘い、どんな人間模様で過ごしているか」
期待感と渇望感がよぎり、現役ぶりを見たくなるのが 「われらのヒーロー」 で、ノスタルジーな気分にひたりたいのではなく、青春の懐古趣味もない。
男は、におい立つ汗に共感を抱き 「認めた背中を指標」 にしたい、純粋な少年の心がある。

「ロッキー、もう十分やっただろ」
「ランボー、だれのためにここまで闘うの」
そう、つぶやきたくなるのは、自分ができなかったことを投影している。
だれの心の中にも、言いしれない 「明日への活力」 がある。
だから、腐ってはいけないし、負けてはいけないし、死んでもいけない。

なぜなら 「男が命をかけて闘っても、最後はやられる」 ことになったら、それを見た若者たちが希望を失ってしまうから、映画の中とはいえ、死んではいけないし、死ぬ資格もないのである。
持論であるが 「カタルシス」 のない映画は、映画にあらず。

と、ここまで 「ランボー」 「ロッキー」 から学べることを語ったが、これは映画のお話し。
見終わったボクは、洗面台の鏡に写る、肉体の 「錆びれっぷり」 を自覚。
食べ終わった食器を台所で洗いながら、すました顔で、なおもこう一言。

「人生なんて、こんなもんさ」

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Cinema Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする