2018年12月07日

宅配弁当

母の体調を気遣い、昼夕の食事はしばらく 「宅配弁当」 で済ませられるように手配した。

亡き父が一人暮らしで、在宅訪問介護の頃、平日の昼夕の食事は宅配弁当でまかなっていた。
一つには、配達時の見守りもあり、その人道的なおかげで、容態の変化に対応できたこともある。

父は 「パーキンソン病」 を患った。
利用できる制度は利用し、介護保険の認定に応じた計画書も、家族とケアマネジャーで作成をしたが、当時は日曜と祭日、年末年始や深夜介護をする事業所がなく、家族が毎日行って看るしかなかった。
24時間体制、いつ電話が鳴るかわからない緊張感に加え、何年も会社勤めと介護を両立し、いつ入所できるか見通しの立たない 「介護施設の順番」 をひたすら待ち続けた。

食はいずれ、咀嚼機能が低下するので、刻み食も多くなり、誤嚥に気をつけながらの介助となる。
それ以外、着替えや排泄処理、寝かせつけに見守りなど、やることは減るどころか増えてくる。
家計も担わなければならず、自尊心を傷つけないよう言い方も配慮し、理不尽な言い分にも耐えた。
だが、食事をしているときは、宅配弁当だろうが、妻や介護ヘルパーが作った食事であれ、余すことなくおだやかに完食していた。

小さな栄養のまとまりではあるが、グルメとはばかる世の輩も、いずれ時の趨勢 (すうせい) となり、晩年は素食に感謝できるようになる。
今はサービスも拡張され、365日の対応も可能となり、高齢化社会に向けた前進に期待を寄せたい。
ここに書いたことはほんの一部だが、自分の経験を具体的に記す気になったのは、似た苦しみに悩む、お客さんへの返礼かもしれない。

その多くの人が直面していることを、自分だけの経験として閉まっておかずに、きたるべき日に備えて、明日の 「介護の妙薬」 になればいいかと思う。

年の瀬の想いに、希望を紡いで ・・・
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする