2018年10月22日

古希公演

「ジュリー」 こと 「沢田研二」 が、単独公演をドタキャンしたことをめぐり、賛否両論ある。

中止の理由は、見込んだ集客に及ばず、閑散な会場で公演するのは、プロとして意地 (プライド) があることを口にしていたが、昔からこういう傾向がある人だし 「浮世離れ」 した考えの持ち主のようだ。

その意地を口にするなら、不本意だろうが、公演はするべきだし、それが 「プロの美学」 であってさ。
「ファンなら、わかってくれるはず」 とコメントをしてたが、それは一部の熱烈な追っかけ (シンパ) に向けた言葉で、他にチケットを購入した一般客に向けた言葉には受けとれない。

予約したレストランに行って 「今夜はシェフの気分がノッてない」 を理由にドタキャンされたらどうよ。
コンサートなら、チケット以外の休日や時間、交通費に宿泊費まで考えれば、どういう思いで足を運んできたか、無形のモノが見えない、ジュリーの 「想像力」 は疑わしいし 「富裕層の論理」 なんだよな。

どういう状況であれ、ファンのためを口にするなら、とりあえず公演はした上で、そのあとに苦言を述べ、問題とすべきは問題とするべきが、プロのプライドだろうし、囲み会見で真意を話したからかっこいい、流儀を貫いた論調を支持するのはシンパであって、一般人の目にはその姿は曇って映る。

「時の過ぎゆくまま」 は、男と女の心模様を描いた愛の名曲。
「勝手にしやがれ」 「憎みきれないろくでなし」 は、オレら 「アホ世代」 の代名詞。

「恋は邪魔もの」 は、親にせがんで買ってもらい、テントウムシのレコードプレーヤーで聴いていた。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする