2018年10月04日

共感年齢

いつもの夜道で 「キンモクセイ」 の香りが漂うようになってきた。
その香り、どこか疲れを包みこむかのように、人を安心させる 「秋の日常」 をくれる。

3日 午前11時30分 起床。
深夜、ミートソースのパスタを食べて、あまり時間を置かずに寝たので、少し胃がもたれていた。
正常な胃に戻すため、椅子に座り、3日付のブログを書いて過ごす。

13時 天気がいいので、妻が音楽を流しながら、家中の窓を全開にして掃除をはじめた。
その間、昼風呂に浸かり、気分をリフレッシュする。
家の空気も清々しくなり、外の陽気につられて、普段とは違う距離をもって、自転車で買物へ出かける。
食材流通センターに本町市場、主に仕事にかかわる食材を求め、最後はほぼ日課の万代で買い足す。
途中、生花店で 「デンファレ」 を3輪購入して、今夜カウンターに飾った。

さて、こんなオッサンの日常を記したブログを公開し 「オレはアホか」 と自虐に思うこともあるのだが、同年代のお客さんから読んでることを告げられ 「安心する」 一言で、自虐が氷解した。
年代が近いと、これまでの経験から得た知識や知恵も含め、共通した境遇における悩みなど、共感することもあるし、無意識につながりを欲する。
要するに 「俺だけでなくて、おまえも同じなんだな」 そんな同情めいたところに、皆それぞれに安心や癒しを求めている節があるんだろうね。

そこには、男だから男にしかわからない閉鎖的な世界だけでなく、今の年齢は女性も含んでくる。
それもそのはずで、人間の多くは最後 「男と女」 のペアで、近い年齢同士で天寿を全うするのだから、性別な括りは取り払われるようになり、これからは気軽な人つきあいに特化してくると思える。
その意味で、建前だけの男と女の括りはなくなり、次第に友情にも似たつきあいは広がるだろう。

まあ、変に調子ずいて、指先がここまで書かせたが、人生は次第に気軽となり、変に構えることもなく、補え合える 「共感年齢」 になるんじゃないかな。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする