2018年10月31日

2018 November

            大人の時間をくつろぐ隠れ家

  < 11月 定休日 >

  4日 (日)  5日 (月) 11日 (日) 18日 (日) 25日 (日)

  ( 5日 (月) 臨時休業  23日 (金/祝) 通常営業 ) 

席のご予約は、お気軽にお電話をお待ちしております

住所      新潟市中央区 東大通2−9−5 
電話      025−247−1644
営業時間   19:00 ⇒ 26:00 (平日・祝日) / 27:00 (週末・祝前日)
定休日     日 曜  (連休の場合、連休最終日を振替休日)  
客席数     カウンター10席  ボックス席あり

 カバーチャージ  ¥ 700

 スコッチ 6大ウイスキー
 アイラ  アイランズ  ローランド  ハイランド  スペイサイド キャンベルタウン

 世界 5大ウイスキー 
 スコットランド アイルランド アメリカ カナダ 日本

 その他、メニューブックを用意しております。

 つれずれなるままに

日ごとに街路樹が色づきはじめた。

腕時計を見ると午後3時40分、夕方を意識させられる時刻。
母の用事に付き添っていた、妻と万代の歩道で待ち合わせる。

乳白色の泡がふんわりと立つ 「カフェラテ」 
何の変わり映えもしない 「ブラックコーヒー」
目を閉じたくなる、温もりが全身に伝わってくる。

今日の寒さにマフラーを巻く、街行く人も目立ってきた。
暦上 「立冬」 まで、あと一週間。

本格的に秋が下りてきた。

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2018年10月30日

市長選挙 結

しぶとい残暑が終わり、ようやく秋が訪れたころ、4人の候補者による新潟市長選挙がはじまった。

投票率50%に迫る勢いを制したのは、自民党が支持を表明した 「中原八一」 が初当選。
選挙は公平に多数決で決まるが、多数派工作をした陣営が有利となる。
既得権も含め、いかに 「組織票」 が強いかわかっただろう。
当選後、実績を上げてこそ、本当の選挙である。

ある候補者は 「しがらみ」 のないことを訴えていた。
小泉進次郎は 「しがらみのない人はいますか」 と言葉を残したことがある。
選挙に大小あれ、基本的な選挙活動は変わらないが、地方になればなるほど、地元の狭い人間関係のしがらみにがんじがらめとなり、生臭く泥臭くなるのが選挙というものだ。

日本の大手ビールメーカー4社のラベルを見て選ぶか、先入観なしにラベルを隠して選ぶかの違いで、多くの人は言い知れない 「浮遊感」 で投票しているんじゃないかな。
投票基準は善し悪しではなく、個人の自由意志が尊重される。
候補者の政策然り、表情やしぐさ、声のトーンや話し方、外見などの好き嫌いも選挙だしね。

候補者は、それぞれの支援を受けて、しんがりを務めて、リスクをとった。
「何とかしろ」 と文句をたれるだけで、自分たちは何もしない風潮だと、その街は住みにくくなる。
結果はともかく、前回と異なる今回の 「四つ巴選挙」 は、新潟の未来につながる熱戦だったと思う。
今回のマスコミ報道も、ネガティブな面だけをとらえて、クローズアップすることはなかった。

落選した候補は、恥じることないし、敗因を検証して、またリベンジすれば、さらに新潟は活気づくよ。
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2018年10月28日

天敵退治

27日 道路に白い斑 (まだら) が、いくつも点在していた。

このところ、万代の空を暗くするほど、カラスの大群が低空飛行している。
鋭いくちばしで、周囲を用心深く見渡し、人間を威嚇するような鳴き声で、仲間と連携をとりあっている。

「こいつら、なにかたくらんでやがるな」
もしかして、自転車の前カゴにある、わが家の食材を狙っているのかも知れん。

カラスの一番の天敵は人間だ。
これは、人間とカラスによる、眼のつけ合い、飛ばし合い。
カラスは集団で、人を威嚇して追い払おうとするが、それ以上のことはしてこないというかできない。

ハッタリが利かぬとわかれば、攻撃どころか狂乱の揚げ句、オロオロと逃げていく。
群れないと敵を攻撃できない習性なので、一羽になると奇声をはりあげて、ウロウロしているだけ。

今、さらに大きな社会問題になっているのが 「いじめ」
集団でひとりをいたぶったり、陰湿に無視をしたり、ネットリンチをする、陰険なイメージがある。
天敵 「オオタカ」 一羽でも放てば 「バカラス」 は度肝を抜かし、脱兎のごとく逃げ去る。

オレの頭に、白いフンでも落としたら、必殺 「アースジェット」 をぶっかけてやる。
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2018年10月27日

下町 HERO

プロ野球ドラフト会議が終わった。

その日の昼下がりは予定もなかったので、新潟日報事業社から、初版発行された 「マウンド人生」 を自宅で読んで過ごしていた。
筆者は、昭和50年 (1975) 「広島東洋カープ」 を初優勝に導いたピッチャー 「三輪 悟」の自伝。

新潟市の下町と呼ばれる附船町の長屋で育ち、入舟小学校 → 舟栄中学校 → 市立工業高校 と歩み、ノンプロを経由、西鉄に2位指名を受けたのち、太平洋 → 広島と活躍の場を変えた。
小中では、ボクの先輩格にあたり、年は20歳も上だが、そのうわさはよく耳にしていたし、野球人気が全盛だったので、活躍は地域で語り継がれていた。
その文中 「寄居中、二葉中の上品校と違い、下町のヤンチャが集まる舟栄中は、ケンカの強い猛者が揃っていた」 行を読んで、当時から、海と川にはさまれた 「造船の町」 として、活気があったものの、今では草野球の聖地 「北部グラウンド」 もなくなり、荒くれた雰囲気の面影もすっかりなくなった。

広島が初優勝を決めた年、優勝を大きく左右する天王山をむかえた9月。
新潟遠征となる、ヤクルトとの一戦は超満員で、小学5年生だったボクは鳥屋野球場の三塁ベンチ上、広島側の内野席で観戦した。
いつも、外野の自由席で、グローブを枕に芝生に寝転んで見ていたので、後楽園球場の巨人戦以来、こんなに近くでプロ野球を見るのは2度目の経験。
その頃は、野球のルールをわかっていたので、試合を決める大事な場面やスコアボードまで今も覚えているが、中継ぎの切り札 「三輪投手」 が登板しなかったことは残念だった。
試合はシーソーゲームとなり、記憶が正しければ5−3のスコアで、広島が勝利した。

ボクは野球に憧れながらも、球技は性に合わず、人間相手のスポーツの方が、力を発揮できたタイプ。
当時の子ども社会では、野球ができないと威厳を失う、暗黙のルールがあったから、結局は柔道などの肉体の起爆剤が必要で、闘争本能を満足させる手立てが、ガキ大将の孤独であってさ。

その意味で 「野球で落ちこぼれたガキ」 にすれば、三輪投手は 「下町のヒーロー」 なのだ。
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2018年10月26日

市長選挙 参

新潟市長選挙の投票日まで、あと2日。

4人の候補がいることは、4人の政策があること。
だれの政策が有効かは、後の審判にゆだねられるが、選んだのは有権者であることは見落としがち。
論理的に破綻している、泡沫候補のいない、熾烈な争いである。

最初は慣れてない分、説明に回りくどさはあったが、次第に内容が整理されてきた。
民主主義である以上、選挙は多数決で決まる。
とりわけ、組織票は大きく、政策の善し悪しより、ごり押しになるときもある。

個人事業主だから、事業よりの考えだし、年齢に添った政策に傾くのは自然なこと。
いつの時代でも、自分へのメリットを度外視しなければ 「何が正しいか」 なんてわからない。
それでも 「新潟市の社長」 を選ぶのだから、有権者は 「株主意識」 はもつべきだろう。

こんなに盛り上がっている 「四つ巴の市長選」 も、めずらしいんじゃないか。
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2018年10月25日

市長選挙 弐

新潟市長選挙の投票日まで、あと3日。

連日、街中を走り抜ける選挙カー、駅前繁華街での演説、商店街での握手攻勢をニュースで目にする。
候補者の形相はもちろん、家族や後援会、選挙事務所のスタッフたちが、最後の追い込みをかけてる。
民主主義の基本原則、変わらぬ活動が目に映る。

地元紙の世論調査によると、候補者4人中、3人が競り合い、1人が猛追しているらしい。
16年におよんだ、篠田市政の揺り戻しは大きく、市民の関心度は81%と前回選挙より上がっている。
関心度が高いことは、新潟市の舵取りを大きく判断する、任期4年の重要な選挙になりえる。

市民が求める政策への期待は、医療 介護 福祉を第一に、教育支援、景気対策、街中再生と続く。
ボクは無党派 (浮遊票) だから、最初から 「記名ありき」 の投票はしない。
選挙公報、選挙演説、人物像 (資質) を解いて、自分の意思で投票するまで。

ある候補者は、政党の後押しを受けて、国 県 市 の一本化を軸に、利益誘致を主張する最有力候補だが、他の候補者と比べると余裕なのか、言葉に手間ひまをかけず、あぐらをかいてる印象がある。
また、ある候補者は、個性を主張しすぎて、仲間外れにされた印象だが、ここまでの演説や独自路線を耳にしていると、日を追うごとに話が具体的でわかりやすくなっている気がする。

若い情熱をウリにする候補者に未来を感じるが、狡猾で老獪な対立軸に潰されないか心許ない。
前任を継ぐ形で、党派を超えた市政運営を主張し、最初に手を上げた候補者の意気に賭けるか否か。
情報は新聞と県内ニュースから、各候補者の主張と動向を知るだけで、だれとも会ったことなければ、握手をしたこともない。

人はだれしも人の子。
だれに投票しようか迷ったとき 「以前、お会いして、好感をもった」 「気どらずに接してくれた」 など 「印象票」 が最も有効で、さながらSNSを駆使した空中戦よりも 「握手をした人の数だけ票が入る」 地上戦はバカにできない。

迷ったとき、自分と近しい人に票を投じるのも人の子。
人柄を伝えるには時間を要するが、初対面で第一印象を伝えるとき、出会って 「15秒」 で決まる。
ボクは群れるのは好まずが、頑なな性格ではなく、周囲が心配するほどの単細胞。
人情や性質を知るのも、候補者の資質だと思う。

28日 午前中に投票へ行き、午後からは素敵な友人たちと気晴らしにドライブの予定。

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2018年10月24日

無題雑記 147

日曜深夜の 「十三夜」 は、月曜深夜には 「満月」 に変わっていた。

23日 予約の歯科医で受診後、コーヒーショップで小休止。
スーパーで、ほぼ一週間分の食材をまとめ買いし、一旦5時に帰宅。
ニュース番組を横目に、新聞を斜め読みしながら、トーストをかじる。
妻は夕飯の支度や電話に追われ、ボクは宅配便などの訪問に対応する。

今日の献立は 「チキンカツ」
連日、市長選挙の候補者たちが、ゲン担ぎのカツカレーやトンカツを食べるシーンに食指が動いた。
特にゲン担ぎはしないが、少年の頃、柔道の試合の前日には、勝ちを祈願してかつ丼をかきこんだ。
そう考えると 「かつ」 とは、単なる食べ物というより、妙味あふれる趣がある。

24日 澄みきった午後の空に、カラスのけたたましい鳴き声が響く。 
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2018年10月23日

秋の涼気

21日 休日の夕方、萬代橋を古町方向に歩く。

茜色が対岸の万代の街を夕映えに包んでいた。
橋を渡りきると大きな影が街を覆いだし、いつのまにか夜が下りている。
夜の解放感は、やすらぎとおちつきに満ちている。

寝静まった街を抜け、柳都大橋の長いスロープを歩き、秋の涼気を浴びる。
夜空を見上げると 「十三夜」 と 「オリオン座」 が頭上に広がる。
ささやかな自由を楽しみ、静かな夜景に取り囲まれた深夜。

22日 午後の秋空、明るく高く澄み切っていた。
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2018年10月22日

古希公演

「ジュリー」 こと 「沢田研二」 が、単独公演をドタキャンしたことをめぐり、賛否両論ある。

中止の理由は、見込んだ集客に及ばず、閑散な会場で公演するのは、プロとして意地 (プライド) があることを口にしていたが、昔からこういう傾向がある人だし 「浮世離れ」 した考えの持ち主のようだ。

その意地を口にするなら、不本意だろうが、公演はするべきだし、それが 「プロの美学」 であってさ。
「ファンなら、わかってくれるはず」 とコメントをしてたが、それは一部の熱烈な追っかけ (シンパ) に向けた言葉で、他にチケットを購入した一般客に向けた言葉には受けとれない。

予約したレストランに行って 「今夜はシェフの気分がノッてない」 を理由にドタキャンされたらどうよ。
コンサートなら、チケット以外の休日や時間、交通費に宿泊費まで考えれば、どういう思いで足を運んできたか、無形のモノが見えない、ジュリーの 「想像力」 は疑わしいし 「富裕層の論理」 なんだよな。

どういう状況であれ、ファンのためを口にするなら、とりあえず公演はした上で、そのあとに苦言を述べ、問題とすべきは問題とするべきが、プロのプライドだろうし、囲み会見で真意を話したからかっこいい、流儀を貫いた論調を支持するのはシンパであって、一般人の目にはその姿は曇って映る。

「時の過ぎゆくまま」 は、男と女の心模様を描いた愛の名曲。
「勝手にしやがれ」 「憎みきれないろくでなし」 は、オレら 「アホ世代」 の代名詞。

「恋は邪魔もの」 は、親にせがんで買ってもらい、テントウムシのレコードプレーヤーで聴いていた。

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2018年10月21日

男前豆腐

20日 日中の気温 17℃

「コーヒー、飲みに行こう」 と妻を誘い、半年ぶりのホットコーヒー。
周りのテーブルも、すっかりと 「温かいモノ」 に替わっていた。

ほどよく知る顔がある店内で過ごし、妻はスーパーで買い物をしている間、ボクは書店で時間を調整し、待ち合わせの場所で合流。
買い物かごに入った、変わった豆腐のパッケージに気づき 「何で豆腐が男前でそれを買うのじゃ」 と聞くと 「グラムが多いから」 と、サラッと流される。
今日の献立は 「湯豆腐」 か 「麻婆豆腐」 らしく、ボクは 「男前豆腐」 を口にするようだ。

近年 「オレのレストラン」 ならぬ 「自己顕示欲の旺盛な商標」 を目にする。
「何で普通のお豆腐じゃダメなのだ」 と思ってしまう、おのれの古さ。

そうネーミングする人は、これまで不良とは、あまり縁のない人生を送ってきた、奇異な発想であろう。
男前も含め、元不良 (ヤンキー) ツッパリ、バリバリ、ヨロシク、タイマン、暴走族、チーマーなんやら、過去のこっ恥ずかしい風体を漂わせる 「セールスアピール」 は論外だ。
こういうやつは、Vシネマや極道映画が大好きで 「哀川 翔」 「的場浩司」 あたりにかぶれているが、おそらく、ケンカをしたことなく、かあちゃんにマジックで、パンツに名前を書かれていたタイプだろう。

買い物帰り、それを妻に力説すると 「豆腐ごときに何を言っているの」 と呆れられた。
豆腐にケンカを売っている、ボクはアホかも知れん。

本来、豆腐は調和を重んじる名脇役だが、湯豆腐で食した 「男前豆腐」  美味しかったよ。 
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2018年10月20日

書籍宝庫

文庫化された320ページにもおよぶ、新刊ドキュメンタリーを3日間かけて読み終えた。

1ページ読み上げる時間を1分として、320ページなら5時間20分を要する。
几帳面に読まずも、ななめ読みしたり、はしょることもあるので、実際には巻きで読んでいる。
それに老眼も強まり、集中力も途切れがちだから、一冊に時間を費やせず、乱読めいている。
本を読まねばなる、強迫観念はなく、日常に組み込まれた息抜きでしか過ぎない。

たまに 「趣味がない」 という言葉を耳にする。
そういう人は、試しに書店に行ってみればいい。
なんでもいいから、自分の好きな本を一冊選ぶ。
その際、タイトルは意識せず、読むのは自分だから、人にこう思われたい、人からこう見られたいなど、本に体裁をもたず 「今の興味に素直になる」 ことが大事なんだ。

だから、マンガでも雑誌でもいいし、哲学書や純文学でもいい。
理屈上、官能小説でもエロ本でも、読んで頭で解析する意味では同じだ。
手にしたものこそ、今の興味を満たすもので、潜在的な興味を知る意味では、書店はヒントをくれる。
自分はどういうことに興味をもち、好奇心のアンテナがどこに向いているのか。
それを知るには、書店はヒントどころか宝庫である。

無趣味というなら、まずは自分の興味を知る意味で、書店には新しい発見があるんじゃないかな。
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2018年10月19日

無題雑記 146

18日 雲ひとつない青空なのに、ずいぶん風の強い日だった。

妻は朝から、外出許可をもらった母の付き添いで、帰宅は夕方となる。
リビングのメモ書きに、寝ぼけ眼をおとす。

トイレットペーパー ティッシュペーパー ガスレンジのフードカバー アイボン エトセトラ・・
買物に決めごとはないが 「かさばる商品」 は、男が担うようになる。

家庭内 「パシリ」 見参 !
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2018年10月18日

雨の面会

17日 うちつけるような雨が降りしきる中、徒歩で母の入院する病院へ見舞いに行く。

入室のカーテンを開ける手前で、電話の話し声が聞こえたので、待合室で頃合いを調整する。
窓一面に広がる、信濃川の川面が鉛色にくすんで見える。

終話したころを見計らい、静かにカーテンを開けると、突然の面会に 「喜色満面」 に表情を崩す。
母と二人きりで話すのは、いつ以来か思い出せないが、涙もろくなってるので、昔話は一切しなかった。

小一時間 「また来るよ」 と去り際 「みかん」 を持たせられたのは、母の愛情。
不安を口にしながら、老いた弱さを自覚し、息子夫婦に頼ることも、晩年の大事な勇気なんだと思う。

雨が降りやまぬ中、広げた傘に弾く、雨音は弱くなっていた。
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2018年10月17日

市長選挙 壱

4期 16年の 「篠田市政」 が変わる、今月28日の投開票。

若い頃、選挙はエンピツを転がして選ぶ程度だったが 「未曽有の不況」 とまで言われた2008年。
時の首相 「麻生太郎」 その頃から、大なり小なり、選挙に無関心でいられなくなった。
奇しくも個人事業主として、新たな人生をスタートさせた年でもある。
バーカウンターで、小声で交わされる、小市民の雑談は雑音にあらず。

話を戻せば、任期の続投に否定的ではないが、10年ひと昔といわれる中、16年はあまりに長すぎた。
その間、自他ともに名のりを上げる候補者が少なく、事実上 「市政」 の担い手が育ってなかった。
問題は 「いかに当選したいか」 ではなく 「いかに住みよい新潟市にしてくれるか」 である。
有権者も政党を越えて、各候補者の考え方に一通りは耳を傾けるぐらいの 「知と情」 は必要だろう。

それぞれの 「しがらみ」 なき一票となる。
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2018年10月16日

読書習慣

秋の夕暮れは早く、夜は長く、広く、時間を豊かにする。

「文化の秋」 というほどだから、時間の使い方は豊富だろう。
本をながら読みするもよし、映画や音楽をたしなむのもよし、スマホいじりもニューカルチャーだ。

部屋の片隅に、まだ目を通していない書籍が4冊ある。
新刊が2冊、古本が2冊、時間のある時に斜め読みできる内容だ。
そもそも、自分のための読書だから、身の丈に合わない難しい本は読まない。
正確に言えば読めないし、硬くなった頭をほぐすための処方でしかない。

それでも、ここ2〜3年前からは、老眼の影響もあり、本を読む時間が少なくなった。
一昨年に亡くなった父が、特別養護施設に入所してるときは、話し相手になりによく面会に行ってたが、時とともに認知症の症状も進行して、寝ている時間も長くなったころから、ベッドのわきで付き添うように本を読んで過ごすのが日課となった。

30代後半から、介護や病院への付き添いの待ち時間に乱読できた。
自分だけの時間がとりづらかったぶん、空き時間を読書にあてられたのが、今につながっている。
本は気軽な大人の教科書だから、ストーリーはシリアスであれど、ウィットにとんで、少しビターながらも 「人として考えるところは、考えねばならんぞ」 とやんわり教えてくれる内容がいい。

ボクは学歴がないから、哲学書や純文学など読めないし、読まねばならぬプレッシャーもなく、息抜きで活字に目を通している。

読書は 「自分流の癒し方」 である。
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2018年10月15日

生みの親

母が入院している病院へ、夫婦で見舞いに出かけた。

一昨年亡くなった父とは、30年ほど前に正式離婚し、今は違う人と暮らしている。
再婚してからは、一度も父と会うことはなく、ボクとはほどよい距離を置いていた。
そんな母だが、今日15日に病室で 「77歳の誕生日」 をむかえた。

離婚後、何度か入退院を繰り返したのは、後で知ることになる。
こうして面会に出かけたのは、今回がはじめてではあるが、過去に妻が入院しているときも、さりげなく見守り、時には付き添い、おちこんでいる気持ちを緩和してくれた。

面会中、二人暮らしの再婚者から、母のガラケーに何度も連絡が入る。
そのたびに 「あれはどこだ」 「あったあった」 と、他愛ない会話を交わしている。
このやりとりを耳にしながら、仲睦まじき変わらぬ姿に 「再婚の絆」 を感じ 「母には、母の幸せ」 があることも、今では理解している。

わが家は、それなりにささやかな幸せを保っていた家庭だったが、いつしか両親の気持ちが食い違い、いづれ家庭という支えも薄らぎ、同じ屋根の下に暮らしていても、それぞれが同じものを見なくなった。
母はいつか帰ってくるだろうと、兄弟で期待こそしたが結局は叶わず、家庭が静かに割れていく予感はありながら、両親の事情には口出しできず、感情にしこりが残った。

あれから、30年あまり。
病室で安静に過ごしている母の姿を見ながら、ずいぶん体が小さくなったことに時の流れを感じた。
初めて、こんな気持ちにさせられた。

「俺、この人から、生まれたんだ・・・」  実感で知る不思議な感覚に包まれた。
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2018年10月14日

澄んだ秋

13日 青空に綿菓子を引き伸ばしたような、薄い雲がはりついていた澄んだ秋晴れ。

窓を開け放つと澄みきった空気と、街の雑多音が聞こえてきた。
耳ざわりな音ではなく、心地のいい音でもなく 「休日の音」 とでもいうのかな。

風が遠くの音を運んでくるように、さまざまな音が入り交じってくる。
近くからは、カラスの鳴き声、タイヤのきしむ音、子どもたちの遊ぶ声がコンクリートに反響する。
遠くからは、港に停泊している大型船の汽笛、空一面から街全体をおおうような飛行機の残響。

夕暮れの日射しが西に深く傾くと、マンションのベランダにとりこみ忘れたせんたくものが、西日を浴びてきれいに揺れていたのが見えて、今日が休日であることを思い出した。

今時期が、一番過ごしやすい。
Bobby Caldwell   What You Won't Do for Love (邦題・風のシルエット)

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2018年10月13日

深夜帰宅

夜7時の開店に向けて、自宅を後にする日々。

夕方、仕事を終えて帰宅する人たちとすれ違いながら、次第に開店モードに切り替わる。
深夜、店を跳ねると、逆にこれから仕事に出かける人、仕事の真っ最中の人とすれ違う。

帰社するタクシー、巡回中のパトカー、道路工事の深夜作業員、生鮮市場へ向かう保冷車。
コンビニの配送車、新聞配達のバイク、牛乳配達の軽ワゴン、怪しい動きの人影を見ることもある。
番外、路上に寝ていた酔っぱらいを介抱したり、泣きながら歩いている若い女性とすれ違ったり。
深夜から夜明けにかけて、普通に見かける光景となる。

時間的に立ち寄れる場所は、コンビニぐらいしかない。
それも、日中に買いそびれたビール、晩酌に添えるおにぎり、少し疲れが抜けた気になるデザート。
立ち読みもせず、ほぼ決まった買い物をするだけなので、滞在時間は短い。
店員の形式的な態度に、理屈は求めてないから、接客にいら立つこともない。

深夜の平凡な光景も、10年以上になるが、寂しいと思ったことはない。
むしろ、雑踏で会話する相手がいないほうが、寂しさがまとわりつくのでは。

童謡 「手のひらを太陽に」 を頭の中で歌いながら、独りでズンズンと 「深夜帰宅」 をしている。
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2018年10月12日

Looking Up

情熱大陸で、フュージョンバンド 「カシオペア」 の元キーボード奏者 「向谷 実」 の今を特集してた。

現在、JRの発車メロディーを作曲したり、鉄道の業務用運転シュミレーターを開発したり、その手腕は世界市場にも進出している。
彼は、カシオペア時代から、自他ともに認める鉄道マニア、通称 「鉄ちゃん」 で知られ、全国ツアーをしながら、その感性を磨いていたから 「好きこそものの上手なれ」 とは言ったもの。

80年代の絶頂期。
音楽誌のインタビューで 「音楽以外のことは、何も知らない音楽バカにはなりたくない」 と語っていた。
その頃から、音楽活動以外にも、マルチメディアのクリエイターとして、今の会社を起業しており、趣味を実益に変えた実績は長く 「音楽家だから、音楽だけをやっていればいい」 考えにおさまらなかった。

現代 「二足のわらじを履く」 は普通 「芸は身を助ける」 こともあり 「天は二物を与えず」 は死語。
浮ついた自分探しとは違い、何年もコツコツと積み上げてきたことが、いつか世間の目に留まり、意外な展開に発展する場合もあるから、早熟に遅咲き、物事には明確な順序があるとは限らないと思える。
損得は二の次で 「本音で生きている」 んだ。

ジャズピアニスト 「山下洋輔」 が、何かのインタビューで、いみじくもこう言っていた。
「好きなことをしてない人の顔は、ゆがんでいる」 と。
だれでも、好きなことだけを仕事にはできないから、趣味や人つきあい、顔の利く店の一軒でもあれば、そこから見えてくる世界もある。

向谷実は、カシオペアが分裂し、一度解散をするとき、あまりにもやるべきことが多すぎて、ノイローゼになりそうなほど疲れた時期もあったそうだが、ただ好きなことだけをやってきたわけでなく、いやなこともやってのけて 「今の好き」 があるのが大事なんだ。

それに、カシオペアはジャズと違い、即興中心のバンドでなく、綿密に決められたステージングを描く。
ゆえに、鉄道シュミレーターの開発をする分野では、うってつけの音楽環境だったであろう。
番組最後、商談のプレゼンテーションでピアノを弾く場面、最近は向谷の過去を知らない人たちからは 「ピアノが上手ですね」 と言われることが多くなったという。

おいおい 「彼は本当にすごい人」  (プロ) なんだぜ (笑)
意外なギャップほど、きっと人の心をつかむんだろうね。

久しぶりにあの名曲 「ルッキング・アップ」 を聴きたくなった。

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2018年10月11日

白い牛乳

10日 午前から、午後にまたいだ用事を済ませて、昼下りに朝刊を開く。

8日に開催された、新潟シティマラソンの完走者名簿が載ってたので、東京から参加した友人を探す。
前夜 「ムリせず、途中から歩くよ」 と言ってたが、タイムは 「5時間30分台」 無事に制限時間内で 「完走」 ならぬ 「快走」 したようだ。

村上春樹がインタビューで、趣味のマラソンをこう語っていた。
墓石に 「最後まで、歩かなかった」 と刻んで欲しい。

マラソンの 「マの字」 も興味ないが、義務教育でマラソン大会は9回経験した。
決して速くもなかったが 「絶対に歩かんぞ」 そんな思いを胸に秘めて、日和山海岸のマラソンコースを 「珍走」 しながら、追い越し、追い越され、順位は悲惨だが、完走後の 「白い牛乳」 は格別だった。
マラソン大会に、さわやかなこだわりもなく、順位もタイムも関係なく、ひたすらゴールへの 「意地」 だ。

50代は、老いへの抵抗期といわれる。
つまり、いつまでも他人と比べず 「人は人、オレは俺」 でいいのであり、その意味で 「マラソン」 は、自分の気持ちを代弁する、象徴的なスポーツだと思える。

ボクは気軽に街中を自転車で 「迷走」 していることが、性に合っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする