2018年08月08日

定年退職

先週、開店当初から、ご厚意にしていただいているお客さまが、48年間の会社勤めに終止符を打った。

肝臓を休める暇もなく、送別会で多くの人から、温かい拍手で見送られ、第二の人生を歩むことになり、その人柄を惜しむ声も上がっていたようだが、48年間を終える気持ちに想像はおよばない。

定年退職は終わりなのか、それとも始まりなのか、それぞれの人生観になる。
「人はもっと楽しむために、生きてもいいんじゃないか」 と思う。
そのためには 「人は人、俺は俺」 であることが基本であり、いつまでも人と比べる人生では、終わりも始まりも告げられない。
ボクは約25年間の会社勤めで、4回の転職を経て、脱サラでお店を起業して、早くも11年目となる。
自分の意思で決めたので、その決断に迷いはなく、こういうのは切り替えたモノ勝ちと思っている。

この話を書き進めると、偏屈めいて心許ないが、終わることに感傷的にならない。
過去、退職は自分の夢や都合で辞表を出したので、どこの会社であれ 「送別会はしないでください」 と申し送りしていた。
それでも、東京から新潟へ戻るとき、社長や上司、同僚に部下、アルバイト諸君に至るまでも、送別会と記念品まで頂き、感謝と感激を胸にできたのは 「無礼はできない」 と、説得された部下の声だった。
そのときの役職たちとは、極端に間を空けることなく、旧交は穏やかに続いている。

一緒に仕事してる時は、おたがい真剣だから、現場で意見が飛び交い、会議で口論になったりしたが、思い切って仕事をした仲間ほど、後に修復されて友情として宿るもので、調子がよかっただけの男とは、その後のつきあいは成立しなくなる。
もともと会社は目標達成集団だから、性善説で別れられるのは、定年退職のときだけかも知れないね。
自身 「定年退職」 はないが 「もしも、今も会社勤めを続けていたら」 と考えると本音は見えないが、バーカウンターで 「年齢や肩書のない人間関係を楽しむ」 ほうが、性根に合っていると思える。

今は 「人は人、オレは俺」 で、過去を振り返ることなく 「バー経営」 で世間とつながっている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする