2018年08月09日

改修工事

9日 自宅で大がかりな水回りの改修工事。

午後から3時間ほど断水を要し、作業の立ち合いも兼ねて、自宅で過ごしている。
マンションも20年が過ぎると、所々で 「経年劣化」 がおきてくる。
現実に住める年数を試算すれば、改修すべきかせぬべきか、施工区分をわける必要がある。

マンション暮らしは長い。
新潟の人は庭付き一戸建て、マイカーを所有したマイホーム生活に憧れが強い。
そのため、住む土地にこだわり、地元を離れたがらない傾向があり、慣れ親しんだ友人と親交するのが居心地のようだ。

ボクは一戸建てに興味はなくて、オートロックで外出できるマンションの方が気軽だ。
外観は白い壁に出窓の組み合わせ、レースのカーテンにフランス人形、庭先にはパンジーの鉢植え。
二人の名前がローマ字でレタリングされた、手づくりの表札がかかるスイートホームに憧れもない。
マンション生活が、しみついているのだろう。

そろそろ、工事が終わりに近づいている。
三ツ矢サイダーを差し入れて、最終工程をながめる。
これで、水回りの心配をすることはなさそうだ。

ああ、早く、シャワーを浴びたい。
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2018年08月08日

定年退職

先週、開店当初から、ご厚意にしていただいているお客さまが、48年間の会社勤めに終止符を打った。

肝臓を休める暇もなく、送別会で多くの人から、温かい拍手で見送られ、第二の人生を歩むことになり、その人柄を惜しむ声も上がっていたようだが、48年間を終える気持ちに想像はおよばない。

定年退職は終わりなのか、それとも始まりなのか、それぞれの人生観になる。
「人はもっと楽しむために、生きてもいいんじゃないか」 と思う。
そのためには 「人は人、俺は俺」 であることが基本であり、いつまでも人と比べる人生では、終わりも始まりも告げられない。
ボクは約25年間の会社勤めで、4回の転職を経て、脱サラでお店を起業して、早くも11年目となる。
自分の意思で決めたので、その決断に迷いはなく、こういうのは切り替えたモノ勝ちと思っている。

この話を書き進めると、偏屈めいて心許ないが、終わることに感傷的にならない。
過去、退職は自分の夢や都合で辞表を出したので、どこの会社であれ 「送別会はしないでください」 と申し送りしていた。
それでも、東京から新潟へ戻るとき、社長や上司、同僚に部下、アルバイト諸君に至るまでも、送別会と記念品まで頂き、感謝と感激を胸にできたのは 「無礼はできない」 と、説得された部下の声だった。
そのときの役職たちとは、極端に間を空けることなく、旧交は穏やかに続いている。

一緒に仕事してる時は、おたがい真剣だから、現場で意見が飛び交い、会議で口論になったりしたが、思い切って仕事をした仲間ほど、後に修復されて友情として宿るもので、調子がよかっただけの男とは、その後のつきあいは成立しなくなる。
もともと会社は目標達成集団だから、性善説で別れられるのは、定年退職のときだけかも知れないね。
自身 「定年退職」 はないが 「もしも、今も会社勤めを続けていたら」 と考えると本音は見えないが、バーカウンターで 「年齢や肩書のない人間関係を楽しむ」 ほうが、性根に合っていると思える。

今は 「人は人、オレは俺」 で、過去を振り返ることなく 「バー経営」 で世間とつながっている。
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2018年08月07日

街と町

7日 3日後の新潟まつりに備えて、近くの中学校の体育館から、天高く太鼓の連打が響いてきた。

今年は新潟まつり明けのお盆だから、里帰りや観光客で街中は賑わうだろう。
しかし、この猛暑により、イベントの集客は鈍っているようで、日中は小さな子どもを連れて出歩けない。
そんな、イベントといえば、毎年 「市民神輿の精鋭」 に、心ばかりの奉納品を受けとってもらっている。

自身の10代は、下町 (しもまち) 育ちである。
矛盾しているが、下町独特の連帯感と閉塞感を肌で覚えてきた。
東京からの転校生ということもあり、その感じ方は独修的であったようだ。

高い建物や迫力あるネオンが 「街」 であれば、素朴に人が暮らしているのが 「町」 であろうか。
それが下町で、人の気質を表す行動に 「家にいるときは、玄関にカギをかけない」 生活感があった。

夕方の路地裏に迷いこめば、匂いで家庭の献立がわかったし、日暮れになると台所のすりガラスには、裸電球に照らされた 「ママレモン」 のシルエットが浮かび、チャンネル権が絶対だったお父さん方は、冷えたビールを飲みながら、プロレスやナイターを見るのが楽しみの時代背景は、町に住む人の足跡と同じで、五感に触れる生活に張りがあった。

コンクリートに囲まれた街と、マンションに定住してしまうと、季節や風景が恋しくなるもの。
利便性のある 「街」 も好きだが、昔の船乗りたちが、星の位置を見て 「今いる場所」 を知るような、素朴な 「町」 の風物に、ホッとするときがある。

そのひとつが 「新潟まつり」 で、警戒心の強い現代において、俗世間を離れた平和な時間がある。
時代に思いを馳せ 「活力をつなげる桃源郷」

これがボクの思う 「街と町」 である。
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2018年08月05日

同性愛者

自民党の女性議員 (51歳) が、月刊誌に性的少数者 (LGBT)  に税金を投入する草案に持論を投稿したが、内容に社会的な配慮がなさすぎるとして、党内からも指導をされた。

逆なでした文は 「同性愛者は子どもを作らないので、少子化問題に生産性がない」 と主張。
それを聞いて 「ああ、そうかい。ウチも子どものいない夫婦だから、生産性がなくてゴメンよ」 と皮肉のひとつでも言いたくなる。

文脈の矛先は同性愛者だが 「偏見的な思考」 は、長く日本人の心にはびこっている。
ボクは一般的な性愛者だが、彼や彼女らを色眼鏡で見たことなく、多様性を認めて理解する側に近いと思っているが、不自然な形で適応するつもりはない。

だが、社会的な認知、理解の拡充を図るまではない。
特種な生きづらさはあるにしても、二人が認め合っていれば、それでいいんじゃないか。
みんなにわかってもらおうとせず、わかる人たちがわかってくれればいいのでは。

二人の絆が愛なんだから、一線を画して、だれも巻きこまず、秘かな関係でいいと思う。
それをわかってもらう努力、わかろうとする努力は必要ないし、逆にわかってもらった方が困るだろう。
必要なのは見守ることで、自分たちへの理解者なんて、せいぜい3人もいれば上等だ。

ボクが同性愛者の立場なら、かかわってもらいたくないし、そっとしておいてほしいと思う。
冒頭 「同性愛者は子どもを作らないので、少子化問題に生産性がない」 のは、言わない約束。
セコイ優越感に酔う 「正論バカ」 は自覚がない分、タチが悪いんだ。

多くの性的少数者 (LGBT)  は、心の中でこう思っているんじゃないか・・   Leave me alone.

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2018年08月04日

恋に恋する

夏の太陽は 「ひと夏の思い出を作れ」 と若者をあおっている。

若者は集団催眠にかかったかのように、海や花火を背景に解放的な恋愛をしたがる。
すると仲の良い異性の友達にまで、恋愛対象を広げるから、後に話がややこしくなる。

劇的な出会いを求めながらも、現実は出会いのなさにしびれを切らす。
「とりあえず夏だから、手っ取り早い友好の輪の中で、お試し期間でつきあっています」 そんな感じ。

そして、日焼けの跡が消えるころ、別れ話を交わしている二人の光景が、初秋の夕日に浮かぶ。
「買いかぶりすぎた恋」 に冷静となり、今度はクリスマスに向けて、また同じ気持ちで恋をしたがる。

夏に生まれた恋は、シチュエーションに酔っているから、すぐに終わりやすい。
花火で出会った人が素敵でなく、花火で出会った恋が素敵だと錯覚するため、恋に恋をするんだ。

猛暑に悲鳴を上げながら、心は微妙に躁状態が続いているから、若者よ、今は太陽を見るな !
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2018年08月03日

飢餓意識

「何日も雨が降らない」

雨が農作物にあたえる影響は大きい。
地球全体が工業化したことで温暖化を招き、自然の法則性が狂いだして、乱獲などの原因を含めても、農作物の収穫に影響を及ぼしている。

戦後、日本は農業国から、工業国に舵を切ったため、多くの食糧品を輸入に頼っているのが現状。
もし、世界規模の食糧不足におそわれたら輸入も滞り、たちまち 「飢餓列島」 になってしまう。
経済大国第二位を手中にした中国が、肉や魚の味に舌鼓を打つようになり、さらに経済発展を遂げていけば、いづれ食糧の争奪も考えられる。
アメリカが関税率を引き上げたりしているが、大国の意地の張り合いで、結局は庶民にしわ寄せがくる。

前に書いたが、日本は美食にかぶれたり、食べもしない食べ放題で、食を粗末にしていた時代がある。
91年ころ、国産米が不足したとき、緊急経済措置でタイ米を輸入して、局面をしのいだことがあった。
そのとき 「タイ米は不味い」 と国際儀礼上、失礼な国民感情を出して、タイ国民を悲しませた。
日本が恥ずべきは、バブル景気で食糧への飢餓意識がなくなっていたから、あたえられても得た喜びを失ってしまったと思えた。

人間は、モノを考えないとバカになる。
それ以上に、人間はモノを食べないと生きてはいけない。
「雨乞い」 をしている今だから、食の思い上がりを知るには、いい機会じゃないのか。

バブル以降、長らく、美食ブームが続いていた。
舌よりも作法がおかしい、自称 「食通」 や、TPOが見苦しく、ブランド品が浮いて見える 「成金」。
あのころ、いい大人がそんなのばっかりで、公共の場での 「恥の概念」 が薄かったと思える。

15年ほど前、ある歓談の席で、みんなが食を楽しんでいるのに、料理をつついては 「塩加減がどうだ」 「味が薄い」 挙げ句に 「不味い」 だのと、聞えよがしに周囲を 「シラケさせる名人」 がいた。
獣が餌をがっつくように、クチャクチャと音を立てて食べるその姿は、口ほどにお里の方が知れた。

その人から、好きな食べ物を聞かれたので 「ゆでたまご」 と答えて、話の腰を折った。
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2018年08月02日

甘味別腹

この猛暑で、ひんやりとした 「甘いモノ」 を食べたくなる。

スーパーで、一通りの買い物を済ませると、向かう先は 「スイーツコーナー」
100〜200円前後で、彩りよく並べられた 「プチカップ」 シリーズが、お手頃サイズだ。
プリンにゼリー、ティラミスに杏仁豆腐、たまにシュークリームやエクレア、ロールケーキに手を伸ばす。

食べるタイミングは、お店が終わった後、自宅の食後デザート。
冷蔵庫から取り出し、リビングのソファーで、ひとり静かに味わっている。
その食べ方、カップの周りについた生クリームを、小さなスプーンでクルクルとかき集めてるんだから、行動は小学生の男の子だ。

こうして、アラカルトにデザートが加わっているが、猛暑で食欲が減退してる分、カップデザートで疲れがとれた気分になるから 「甘さは別腹」 なのだろう。
若いときは、カフェでスイーツを食べている、スイーツ男子を 「フニャチン」 呼ばわりしていたが、今は自分が 「フニャチン」 なんだからね (笑) 

今、冷蔵庫の中段には 「南国果実のパフェ」 が鎮座している。
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2018年08月01日

異邦人

街中で 「東南アジア系」 の若者をよく見かける。

特徴は小柄で肌は浅黒く、顔の彫りは深くて、明るさと寂しさが入り交じったような表情をしている。
行動は常に2〜3人して、真面目でおとなしい印象でも、彼らなりに静かに盛り上がっているようだ。

移動は自転車で交通ルールを守り、身軽な服装で歩く足もとは、サンダルをペタペタと鳴らしながら、スーパーのイートインコーナーへ向かう。

スマホを片手に、ジュースとパンを軽食に 「△%◯¥$?」 と、何をしゃべっているのか。
色気も何もない、子どもの面影が残っている3人組だけど、何だかとても楽しそう (笑)

街中では、やや浮いて見える存在だが 「大人心をくすぐったくさせる」 異国の青年たちである。

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