2018年07月09日

Blog 10 years

ブログを書くようになり、フッと気がつけば、6月で10年が経過していた。

「東日本大震災」 を機に、書き殴るようになった。
「生きる」 ことへの、根源的な気持ちが揺れ動かされたのかも。

文章を書く意味を考えると、脳の活性化にはつながる。
頭から体験を引き出し、文章で描写することで、記憶の整理に役立つ。

結果、事象を客観的にとらえる。
戯言 寝言 放言 遠吠え 時代錯誤 回想録 失敗談 恥ずかしい限りの駄文の数々。
だが、これがまた10年後には、別角度から見えるので不思議だ。

小説であれ、エッセイであれ、筆者がいる以上、読み手の興味は書き手を想像させる。
ブログで意識すべきは、上手とか下手ではなくて、飾らずに感じたままの胸中を描く。
そのためには、記憶の奥底に封印したことも引っぱりだし、自分と対話しないと書けない。

年齢とともに、経験の引き出しは多くなるが、事実だけで記憶を整理することが大事となる。
生かされている、人生のありがたみを感じながら、好き勝手な 「雑文」 を今日も書き散らかす。

ブログのフォーマットを手引きしてくれた、元新聞記者 「K氏」 (故人) には、哀悼の意を表す。

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2018年07月08日

おもてなし

たまに行くコンビニで、店員が顔を覚えてくれたようで 「ありがとうございます」 の頭に 「いつも」 がつくようになった。

また、ある飲食店へ久しぶりに行くと、これもまた頭に 「わざわざ」 をつけてもらえた。
店の形態にもよるが、こういう自己開示は無条件に好感を持つし、自然と会釈で返礼したくなる。

その答えは、至極明確。
「接客サービス」 と 「接客マニュアル」 のちがい。

シンプルな接客の中にも、一瞬の 「もてなしの心」 があるんだ。
「接客と作業のバランス」 が、調和している店員が 「プロフェッショナル」 なんだろうね。
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2018年07月07日

負の部分

6日 朝から 「ニュース速報」 が、かけめぐっていた。

95年3月20日 地下鉄サリン事件から、23年。
オウム真理教の麻原死刑囚ら、7人の死刑が執行された。

あの日、新潟に帰省しており、親父が 「おい、東京が大変なことになってるぞ」 と、テレビを見たのが事件の最初で、後の捜査で解明された実行犯たちは高学歴な若者で、どちらかといえば真面目に近い部類に入る存在が印象的だった。

前も書いたが、なぜ、そんな凶行におよんだのか、純粋すぎるがゆえ、思考に余裕がないんだ。
純粋さは、外部の洗脳を受けやすく、信じたものをわかってもらえない、いらだちが次第に過激となり、集団的な暴走をする。

判決の11年後、死刑が執行され、社会は後継団体が報復テロをおこさぬか不安を抱いてるようだが、徹底的に糾弾されたので、個人的にその可能性はないと思う。
むしろ、今のネット社会の方が、心のせまさを衝突させる場所となり、わずかなきっかけで人間性が入れかわる環境なので、性格が急変して集団暴走すれば、第二のオウム事件につながるおそれもある。

最近の無差別殺人事件は、社会に不満のはけ口を求めた犯行では、オウム事件と通ずるものがあり、コミュニケーションの欠如、関心のないものは否定する気質は、自立が遅くなることは実証されている。
そうならないために 「スマホばかりやらず、たまには外で遊んで来い」 そんなあたりまえの教えこそ、硬直した若者の頭をほぐすには有効であろう。

同世代だから 「負の部分」 が見えた気がする。
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2018年07月06日

裏口入学

5日 窓を全開にして、小雨をミスト浴の気分にして、涼しく過ごせた夕方。
手元には、新聞とアイスコーヒー、東京在住の幼なじみから、お中元で贈られたロールケーキ。

今朝のトップ記事は、収賄の見返りにより、子どもを裏口入学させた、エリート親の逮捕の見出し。
今どき、裏口入学かと思うが、古典的な便宜を要求する行為は、まだ水面下で起きているのだろう。

社会を見渡せば、パーティー形式を装ったり、うさんくさい寄り合いもある。
昔ほど縁故社会 (コネ) は、はびこってないが、財や肩書のある親ほど、金の匂いが鼻持ちならず、親としての性根は腐っている。

基本の愛情は、物資や金銭面でしかないから、子どもは自分の食いぶちを自分で見つけられないまま、世間を舐めきった 「遊泳術」 だけをおぼえてしまう。
逮捕された親の文科省局長は、どうせ保釈金で何食わぬ顔で出るだろうが、おいおい、これも税金か。

その子、裏口入学を知ってか知らずか、親は子に恥をかかせてもいい権利はないわけよ。
その親、腹の底で 「チェッ」 と舌打ちをしながら、頭を下げたフリをしてるだろうな。
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2018年07月05日

沈黙も会話

「2−6−2」 サッカーのフォーメーションじゃないよ。

27歳のとき、マネジメント研修で教わった 「2−6−2の法則」 (パレートの法則)
今は 「アリの集団法則」 とも、よばれているらしい。

どんな会社や店だろうが、従業員や客であろうが 「2−6−2」 の配分で動いているという。
客の動向で例えると、最初の2は、その店を高頻度で利用する、いわゆる親愛なる常連客。
真ん中の6は、こだわりもなく、来店の動機や機会があれば利用する、気まぐれな浮遊客。
ただし、それなりに関心を持っているので、不定期ながら店を利用する、幅の広い層をさす。

最後の2の見方が重要。
最後の2は、店に興味がないので、どんなアプローチをかけても、反応しない無関心な客。
考え違いされやすいのは、無関心な客に関心を持ってもらおうとしても、無駄な努力となる。
最後の2を、6にひきこもうとしても、6の中からまた2が現れるから、最後の2にこだわらない。

「2→常連客 6→浮遊客 2→無関心客」 紐解けば、こんな法則で動いているという。
だから、常連客がいなくなっても、浮遊客から、また新規の常連客が現れる仕組みである。
すなわち、絶対に来ない無関心客に目を向けるのは、不毛の論理であり、そこは無視する。
小売店は早くに気がつき、無関心客に 「タダでモノをあたえる」 試食販売などをやめたでしょ。

余談になるが、バーのマスターとして、接客配分における比率は 「6−3−1」
「6→聞く 3→話す 1→黙る」 会話の配分になるが、これがまたむずかしいんだよ。

この場合において、肝心なのは、最後の1であり 「沈黙も会話のうち」 と認識することなんだ。
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2018年07月04日

硬派 JAPAN

3日 サッカーワールドカップ 日本ーベルギー戦は、歴史的な 「ベストゲーム」 で報じられていた。

そして、あまりサッカーに興味のないボクにも、こうしてブログを書かせやがった (怒)

ワールドカップ直前の監督交代劇に、シラケた人も多かった。
正直、ボクも 「この期におよんで、まだ組織でゴタゴタをおこしてるのか」 とあきれていた。
真剣だから、ゴタゴタがおきることもあるが、それにしても時期と限界がある。
この交代劇があるなし、もうピッチ上の結果でしか判断はできない。

今大会を最後に、日本代表を引退するであろう、3〜4人の 「おっさんたち」 を、応援したくなるのは、その年齢をかけ抜けてきた中高年の情だ。
中でも、GK 「川島永嗣」 の男らしさを感じる存在が好きだ。
後半アディショナルタイムで、決勝点を決められたあの瞬間。

ベルギーのカウンター攻撃に、日本の守備が追いつかず、屈強な赤い悪魔5人が左右横一列で一斉に攻めこんできたとき、それはもう怖かっただろう。
川島はたった一人、ゴール前で 「来やがれ、俺がとめてやる」 と覚悟をする、あの 「男っぷり」 は、鬼神のようで、かっこよかった。

結果どうあれ、命がけでゴールを守った男にかける言葉こそ 「あっぱれ」 である。
それこそ、日本のサムライ (男) を描いた、山本常朝 「葉隠」 (はがくれ) の有名な一文。
「武士道とは、死ぬことと見つけたり」
もちろん、真意は死ぬことではなく、大意は 「腰抜けではない」 という意味だ。

最後は 「本田圭佑」 がフリーキックを外し 「川島永嗣」 がゴールを守り切れなかった。

日本代表の引退を覚悟した 「日本の硬派」 を、だれが責められましょう。
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2018年07月03日

がんばろう

今日はどこの会社でも、街の至るところで、サッカーの話題で持ちきりであろう。

多くのサポーターたちも、呆然と立ちつくした。
ボクもリアルタイムで見たが、後半は予期せぬ映画のラストシーンのようで感傷が残った。

午後の街中の様子は、お世辞にも活気があるとは思えなかった。
これも見る側の気分によるものだが、歓喜の対義語は悲哀であるが、本当はそうじゃない。

スポーツ観戦の魅力は 「オレもがんばろう」 と清々しく思えること。
シンプルに 「がんばろう」 そんな前向きな言葉は、もっと見直されてもいいのでは。

オレが無力な 「おっさん」 なのは仕方ないが、まだまだマシでありたいと思う。

3日 店に出かけ間際に投稿。
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2018年07月02日

Junko Yagami (Vo)  2

1日 一年ぶりに 「八神純子コンサート」 に出かけた。

場所は見附市、去年と同じ顔ぶれ3人で出かけ、3列目の席で 「クリスタルボイス」 に酔いしれた。
去年同様、期待以上のステージに魅了されたが、格別な感想よりも、シンガー八神純子を語りたい。

78年 ニューミュージックのヒットメーカーとして一世を風靡するも、86年の国際結婚を機に、事実上の引退でアメリカに移住。
2人の子育ても終わり、東日本大震災の傷を歌で癒すべく哀悼をこめて、帰国を繰り返しては日本でのライブ活動を精力的に再開し、小さな街の公演にも快く応じ、人の役に立てるよろこびを胸に輝いてる。

多くのヒットメーカーは、過去の栄光が忘れられず、たいがい一度はカムバックする。
それなりの準備を整えても、声は出ない、体も重々しく、プランクの長さが身につまされる。
それを抜きでも、懐かしみで楽しめるが、当時の熱烈な思い出が残酷に感じることもあろう。

彼女はカムバックに、プライドがあった。
同窓生コンサートのような、懐古公演とは違う。
ストイックなボイストレーニングとコンディションを整えて 「人生の音色を持って」 ステージに上がる。
聴けばわかるし、人生の歌声を介して、人に活力と癒しをあたえる思いが伝わってくる。

ボクは、懐かしみにほだされない。
八神純子が 「実力派シンガー」 だから、聴きに行くのである。

2日 午後3時 「思い出のスクリーン」 が流れる部屋で執筆。

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2018年07月01日

2018 July

               大人の時間をくつろぐ隠れ家

  < 7月 定休日 >

  1日 (日) 8日 (日) 16日 (月) 22日 (日) 29日 (日)

15日 (日) 営業いたします。
 
  ご予約は、お気軽にお電話をお待ちしております

住所      新潟市中央区 東大通2−9−5 
電話      025−247−1644
営業時間   19:00 ⇒ 26:00 (平日・祝日) / 27:00 (週末・祝前日)
定休日     日 曜  (連休の場合、連休最終日を振替休日)  
客席数     カウンター10席  ボックス席あり

 カバーチャージ  ¥ 700

 スコッチ 6大ウイスキー
 アイラ  アイランズ  ローランド  ハイランド  スペイサイド キャンベルタウン

 世界 5大ウイスキー 
 スコットランド アイルランド アメリカ カナダ 日本

 その他、メニューブックを用意しております。

つれづれなるままに

53回目の 「夏が来た」

小説の書き出しのようだが、夏が苦手のボクにとって、期待の来たではなく、ゆううつの来たである。
若いころ、あんなに好きだった夏は、どこに行っちゃったのかな。

一過去、思い出したくない出来事が夏に集中していたので、そんな斜にかかった気分になるのかなあ。
夏が苦手な人にすれば、バーはエアコンの効いた 「熱帯夜の隠れ家」 としてどうだい。

そうだなあ   BGM は 「クリスタルタッチのピアノトリオ」 か 「ボサノバ」 さ。

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