2018年06月12日

Feeling

毎日、あらゆるチャンネルで 「紀州のドン・ファン」 こと、年の差55歳の結婚生活が暴かれている。

年の差婚は、社会的な意義もあるし、否定もしない。
人の生き方に、第三者がとやかくいう問題ではないが、孫世代の女性にいれあげるのは、異質な心の方向かとは思うし、おたがいに 「尊敬の形跡」 がみじんも感じられないんだ。

22歳の妻は 「結婚すれば、月100万の小遣い、月の半分は自由でいい」 お墨付きをもらった。
男は結果として、浮世離れの 「典型的なモテない姿」 と重なってしまった。

昔から、人生の成功者は、ステータスの象徴として、若い女性を傍に置きたがる。
これが怪しいのであり、お金に近寄ってくるだけで、そこに心は置いてないんだ。
だから、心からわかりあえることはないし、金の切れ目が縁の切れ目であるように、次のおいしい相手を見つけようと、いろんな場所に出会いを求めて姿を現す。

結局、世間知らずの女性を相手にするか、モノで釣るか、お金でつなぎとめることしかできない。
やはり、大人は大人 「恋愛対象の年齢を上げる」 ことも、心の成長だと思うけどね。

アイドル好きの中高年も増えていると聞く。
それに便乗して、金銭的な援助や食事を目的に、たまに体を開く 「半プロ」 も増えているという。
ときめきは大事だが、若さだけにうつつを抜かすのは理想と現実、男の成長を阻むような気もする。

恋愛は多様化するが、年齢相応な 「フィーリングレベル」 ピュアな相手としか結ばれない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする