2018年05月30日

Gentle Way 5

内田前監督が、ウソをついていたことが事実認定された。

同時に日大アメフト部の選手たちからも、チーム一同の見解を示す声明文が発表された。
ただ群れるだけの集団なら、猿の軍団以下だが、確固たる意見をすることで、進歩やコミュニケーションは生まれるから、そのための 「学生一揆」 であれば健全だ。

本来、全体をまとめるのが監督の責務で、主体性をもつのがコーチの役目であろう。
あえて 「ボス猿」 呼ばわりするが、自ら監督の適性があるか自問せず、監督を権力にあぐらをかき、最後は追放処分の制裁を受けた。

悪いボスは、組織で幼虫のころは 「内弁慶」 で、名誉やお金を手にすると 「お山の大将」 に成虫し、最後は 「裸の王様」 に変態してしまうから、周りの人に厚意をもたれていない。
その特徴をいえば 「プライド」 と 「コンプレックス」  「ナルシスト」 と 「サディスト」 の対極分子が紙一重である。

ついに選手たちから、発言に信用性がないと 「真実の目」 を突きつけられた。
稀代の悪とは、追いつめられても平気な顔でウソを吐き、次第にそのウソが本当のことだと思い込む。
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2018年05月29日

ミントビア

先週、萬代橋の西詰め万代テラスで開催された、飲食イベントが盛況だったと主催関係者から聞いた。
土日の両日、昼どき開催なので、ノンアルコールビールの出品数も多く、食品展の様相であったようだ。

そのノンアルコールビールは、発売当初 「これなら、飲まなくてもいいや」 と思うほど、風味も味わいもなかったが、近年は 「麦の風味」 を感じるように改良されたので、当店でもストックするようになった。

ボクの体内時計は、人よりも7〜8時間は違うので、夕方はまだ昼どきの体である。
アルコールが好調になるのは、午前寄りになりやすく、早い時間の外食はノンアルで間引くこともある。

最近では、カロリー0 糖質0 アルコール0 なのに、ビール感がアップしているから、うれしい。
その分、発泡酒や新ジャンルも含めて、本当のアルコールを口にしたときのよろこびは格別だ。

まあ、ビールはのどの渇きをうるおす、水代わりだから、一口目の爽快感が一番である。
これからの時季、ビアカクテル 「ミントビア」 なんて、女性ウケしそうでいいと思うけどね。
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2018年05月28日

風光明媚

27日 大相撲十両後半の取組に区切りをつけて、3時に自転車で外出。

久し振りに向かった先は、東京から転校してきて、そのまま育った港町エリアの下町 (しもまち)

途中、自転車を川べりに停めて、ベンチに腰をかけ、対岸をゆっくり横切るカーフェリー 「おけさ丸」 の巨影を見て過ごした。
汽水域に近い町なので、北西方向の風が吹くと 「潮の香り」 で呼吸することになる。

気分がおちついたころ、また自転車のスタンドを跳ね上げて、一路下町へ。
用事は直ぐに終えて、懐かしい 「下町迷路」 をジグザグに走行をして、本町の坂道を下り、古くからの精肉店で焼鳥と唐揚げを買う。

川の後、海も見ようかと思い、今来た坂道をまた上ろうとしたが、そのあとは予定があるので、そのまま古町を経由して万代へ戻る。
それだけのことだが、下町は一息つける雰囲気があり、心の中の 「風光明媚」 (ふうこうめいび)

また、大げさに言えば 「聖地巡礼」 とでもいうべきか。

今度は、ビールと焼鳥、おにぎりを持参して、海なり川なりのベンチで、風に吹かれてみたいね。

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2018年05月27日

どう生きる

新聞の 「お悔やみ」 欄に、同級生と思しき名前が載っていた。
知るよしないが、あれこれと想像をめぐらす年齢となった。

江戸時代の平均年齢は、50歳だったという。
織田信長も 「人生50年」 をうたっていた。
現代の平均寿命は男性 「81歳」 女性 「88歳」 まさに 「人生80年時代」 である。
あと半世紀もすれば、医療の発達や生活の改善により 「100年時代」 も夢ではないだろう。

個人的に 「80年」 生きたら、本望だ。
50歳を過ぎたころから 「運が悪けりゃ、死ぬだけさ」 どこかに冷めた思いがある。
だから、義務は果たして 「好きな生き方」 をしたいし、晩年につれて 「好きな人たち」 と歩みたい。
いや、晩年というと辛気臭いから 「未来」 でもいいだろう。

50代、還暦へと迫りくる、老いへの抵抗期。
金曜の深夜、客が引けた店内で、老眼鏡をかけて新聞の続きを読み返していたら、久しぶりに中学の同級生が現れて、目元を冷やかされた。
もう、抵抗できないことは潔く受け入れて、肉体の変化を楽しむようにしている。

なまじっか、自分の肉体ピークを知っているから、そのころと比べてしまいがち。
それが、不安をひきおこすのなら、肉体に依存しない 「ハードボイルド」 を目指すのもいいかな。
まあ、こんなアホなことを考えているが、男が鏡の前でため息を吐く人生なんてごめんである。
前にも書いたが、スポーツは後半がおもしろいように、人生も後半がおもしろくあるべきはず。

50代、悲観的になっているひまはない。
なぜなら、30〜40代に、示しがつかないだろう。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/455320135.html

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2018年05月25日

Gentle Way 4

報道番組を見ていると、社会の縮図がよくわかる。
日大アメフト問題のあらましは、社会問題 「ブラック企業」 の内情も映し出している。

権力を牛耳る立場である者、自らの手は汚さず、手下を使ってやらせ、手柄は自分にあるとし、叶わぬ煩悩 (ぼんのう) は解釈の違いだと、密室で人を平気で切ろうと企てる。
記者会見で日大広報部の不遜な態度を見れば 「種は連鎖」 しており、おおむね 「サイコパス」 だ。

スポーツの枠を越えた社会問題 「若者は生きる知恵を学ぶ」 意味で、この流れを見ておくべき。
ここでおさえておきたいことは、本来のスポーツは素晴らしいもの。
スポーツにおける達成感や協調性を学び、ひいては 「コミュニケーション能力」 を発達させるものだ。

※ 連載になったので、タイトルを 「ジェントルウェイ」 と連番表記に称する。
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2018年05月24日

肉声肉筆

郵便ポストを開けると、新聞の他にチラシやダイレクトメールの類が、あふれ出てくることがある。

某管理組合の書類にも目を通す立場であるため、マメな確認も要することになる。
近年、紙媒体は減っているが、紙慣れしている年代なので、書類はさほど苦にしない。
電子機器であれこれとやりとりするより、肉声と肉筆でサッと処理する方が、性に合っている。

先日も電話で友人に野暮用を依頼したが、前口上もふくめて近況も交わせる。
それに電話なら、文章感情の行き違いもなく、何かと口頭の方が早いもんだ。
長年続く関係に共通していることは、会話そのものに過不足はなく、肉声で応じられる気軽さがある。

コミュニケーションには、適宜に応じた方法はあるが、生身なき計算ずくな関係は消え失せるものだ。
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2018年05月23日

Gentle Way 3

「内幕」 が開いたようだ。

危険なタックルをした、日大アメフト部の選手が、異例の記者会見を開き真相を語った。
野蛮人かと思っていたが、良心の呵責に悩んだ末の勇気には、人として一定の評価を感じた。

一方の 「オレに責任がある」 といいながら、口だけ番長 (監督) と、言いなり子分 (コーチ) とは、大違いである。

いつの時代でも、トップ陣の思惑に利用されるのは、純粋な若者だ。
純粋であるがゆえに硬直した頭で考えるから、過激に変貌し暴走をしてしまう。

今回、あまりとりあげられていないが、再発防止のため、あの審判への警告もしかるべき。
暴挙を目の前で見ていながら、何で 「一発退場」 させなかったのか、権限もスキルもプライドもない。
本来、グラウンドが 「一番安全」 であるはずなのに、あの優柔不断な審判に安全はあずけられない。

会見で浮上したコーチも含め、筋の通らない話でごまかそうとするから、つじつまも合わなくなる。
スポーツの理想は美しいのに、権力の洗脳で頭が支配され、いつのまにか実戦で崩壊していく過程を見て、それまでの傲慢さが垂れ流されていた結果であろう。

危険タックルをした選手は、許される行為ではないが、この経験はどこかで 「生きてくる」 と思う。
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2018年05月22日

かすみ草

店のカーネーションが開き切り、しおれてくるころなので、花屋へ向かった。

三色のガーベラ、ブルーのかすみ草を手にして、それぞれの花瓶に挿す。

かすみ草は、主役をひきたたせる。
バラの花束には、かすみ草でふくらみをもたせた、アレンジメントは知られている。

かすみ草があるから、バラが輝く。
どこか照れ屋で存在が薄いように見えても、しっかりとバラに同化して異彩を放つ。

しかし、近年は品種改良という魔法により、ホワイト以外の自己主張を覚えた。
ブルーにグリーン、ピンクにパープルと、自分の魅力がどんなものか、目覚めてしまった。

もう、バラの名脇役でおさまるだけではなく、「かすみ草」 としての主役も充分飾れる。

いつのまにか、なんとも 「愛らしい魔法使い」 になったようだ。
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2018年05月19日

朝に寝る

18日 午前8時40分に予約しておいたタクシーで、朝の街並みを見ながら目的地へ移動。

一日のはじまりとなる 「朝に寝る自分」 にとって、朝は見慣れない光景で新鮮にうつる。
そんな朝であるが、人によっては気持ちのありようも違うであろう。

その人のおかれている状況もあろうから、朝の受けとめ方も変わる。
朝を機嫌よくしていると、その日は爽快な気分で過ごせる気がする。
朝を不機嫌にしていると、その日は重い気分を引きずる気がする。

午前の行先は楽しい場所ではないが、自分の気分が作り出す心模様といえよう。

蒸し暑さが増す午後。
心は晴々として、バスとタクシーを乗り継いで雑用を済ませ、自宅に帰ってきたのは14時過ぎ。

この日はソファーで仮眠しただけなので、気だるい睡魔に襲われてきた。
カーテンをふくらませて入ってくる、湿った風を感じながら、ベッドで2時間ほど深い睡眠をとれた。

夕方5時起床、2度目のシャワーを浴びて、コーヒーとサンドイッチを口にし、傘を手に店へ向かう。
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2018年05月18日

Gentle Way 2

昨日の続きになるが、日大アメフト部の監督は62歳、学内でも常務理事の要職であるという。
50、60歳と年齢を重ねた人、肩書のある人が、若者より賢いと限らないことがわかっただろう。

問題の蛮行前に、監督は選手に試合の出場を引き換えに 「クォーターバックを壊して来い」 と反則をうながす指示を出していたという。
悪魔のささやきに従う選手も選手だが、日大広報部によると 「厳しく戦って来い」 と選手を送り出し、反則の指示は出していないとの回答。

意図的な指示を出さずも、どのような言葉の取り方もできる権力の常套手段。
「責任は俺にある」 とマッチョな発言のわりには、雲隠れをしている態度の矛盾。
そうまでして、あの人の地位を守らなきゃならない、不条理はなんなのだろうか。

広報部が発表した指示が本当なら、監督の指導能力にも問題がある。
例えば野球でピンチのとき、監督がタイムをかけて、ベンチからマウンドにかけより、指示を待つ投手に 「がんばって、厳しく投げろ」 と言ったらどう思うよ。

開いた口がふさがらないよね。
そこでいうべきは、言葉の手間を惜しまず 「戦略的な指示」 であろう。
それなのに、部活の父兄が言うような、子どもへの励ましではなかろうに。

これひとつとっても、観念的に 「厳しく戦って来い」 なら、だれでも言えることで、監督として具体的な戦い運びを感じないし、結局のところ、嘘と体裁の上塗りとなり、やぶへびになっちゃたわけだ。
さっさと男らしく謝っておけば、ここまでの事態にはならなかっただろうし、アメフトは 「男を売る競技」 であるのに、その監督が男じゃないんだから、選手も裏切られた思いだろう。

こういう、精神訓話の好きな 「お山の大将」 が、多くの若者の素質をつぶし、チーム (組織) を破壊するのであり、スポーツマンシップではなく、自分への忠誠が 「シップ」 (精神) なんだよな。

はっきり言って、変な 「スポコンマンガ」 の見すぎじゃないのか。

オレは、こういうことに関しては、怒りを覚えるの。
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2018年05月17日

Gentle Way 1

日大アメフト部の 「ラフプレー」 は記憶に新しい。

新聞には 「悪質な反則」 と見出しがついていた。
ボクがデスクなら 「野蛮人の蛮行」 と見出しをつけて入稿する。

無防備な相手に全力で襲いかかる行為は、死に至ることもある、危険極まりない蛮行だ。
それも後方から、助走をつけて全体重でタックルするなんて、積年の怨念でもあるのか。
しかも監督が選手に 「壊して来い」 (けがをさせろ) と言ったらしいが、この人の頭が壊れているよ。

柔道を13年間、地元の道場に所属し、学校の部活でも、試合と練習を繰り返してきた過去がある。
長年、運良く大きなケガもなく、道着をたためたが、実技で大ケガをした人たちを目の当たりにした。
実戦である以上、捻挫や骨折、頭部や首への損傷、希少ケースでは頸椎や神経への損傷もあった。

そのときのケガがもとで、今も後遺症とつきあっている同期の元選手もいる。
スポーツの勝ち負けには、純粋な敬意を払うが、そのあとの長い人生を考えれば、短絡的な発想では済まないし、だれが責任をとるのよ。

柔道を英語で別名 「ジェントルウェイ」 とも呼ばれていた。
訳せば 「強さは紳士であれ」 というモダンな教えで、海外でも高く評価されている。

それに、このアメフトの監督は何歳で、あれで監督をやっているつもりなのか。
オレが選手なら、もうバカバカしくて、さっさと辞めるよ。

周りにチヤホヤされ、自分の指導にうぬぼれ、トップの座におぼれているとしか言いようはない。
選手も選手で 「命令とはいえ、俺はそういう危険な行為をしない」 とする判断すらマヒしている。

彼らの中に 「ジェントルウェイ」 の欠片一つでもあれば、こういう蛮行はおきなかっただろう。
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2018年05月16日

無題雑記 133

15日 快晴の13時にスッキリと目覚めた。

取引業者から、シングルモルト 「ボッチゴー」 「クラガンモア」 の入荷連絡を受けて、今週末に納品を依頼した。

伯母に海産物を送るため、コンビニへ行くが、クール宅急便は受け付けていないとのこと。
営業所に持ちこもうとしたら、コンビニ脇の路上で作業中のクール便のドライバーがいたので、この場で取り扱いをしてもらえるか、ダメもとで聞いてみると、臨機応変に対応してもらえてよかった。

その空いた時間をコーヒーショップで過ごし、紀伊国屋書店で文庫を一冊購入して、いつもの火曜市で野菜をまとめ買い。
取り置きしてもらっている 「ミント」 を4パック手にして 「モヒート」 の過渡期に備える。

この時季、夕方のリビングでは大相撲中継を流しているが、この日だけは小針の女児殺害事件の犯人逮捕のニュースに釘づけにされた。
容疑者の職場や近所の評判では、おとなしくて真面目、会えばキチンと挨拶する好青年であったらしく、人柄を判断する上での基準が高かったからこそ、周囲は腰を抜かすほどおどろいたのであろう。
時に印象は人の目を曇らせるので、人間の内面は何かがきっかけで豹変するから怖いのである。

きっと早い段階で、容疑者は捜査線上に浮上していたが、証拠固めに慎重を来したのであろう。
限られた局面で、犯人をスピード逮捕できなければ、警察の威信にかかわるので、新潟県警もまだまだ捨てたもんじゃない。

それにしても、今日15日は暑かった。
アイスコーヒーを何杯飲んだか。
16日は、もっと暑くなるらしく、苦手な梅雨の蒸し暑さと、次第に灼熱の猛暑日もやってくる。

明日からは、ネクタイははずし、半袖のクールビズで仕事をしよう。
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2018年05月15日

鮭の切身

家計調査によれば、新潟市の年間食品購入量、一世帯当たりの第一位は 「塩鮭」 だという。
その購入金額も全国平均を大きく上回り、新潟人は 「しょっぺ味」 が好きなようだ。

19歳のとき、大型鮮魚店の社員として、主に塩干ものをとりあつかっていた。
大まかに筋子にたらこ、魚介類の乾物など、主力品目は新巻鮭。
正月の贈答品として、一匹モノを化粧箱にいれて全国配送をしたり、鮭を三枚におろして店頭で切り身販売をしていた。

生魚とは異なり、冷凍輸送の鮭を半解凍で切り出すので、身割れしないようにコツもあってね。
売値も下処理する前と後の重量や大きさの変化の割合を計算 (歩留まり率) して値札をつけるので、あれはあれでむずかしいんだ。
ボクは魚をさばいて売れど、食すは肉だったので、切り出しながら 「どこがうんめんかな」 (新潟弁) と異なる感覚で仕事をしていた。

若さゆえ手探りな年齢であり、今の夜型生活とは異なる朝型で生きていて、毎日が回遊マグロのように泳ぎながら寝ている青春だった。

今思えば任されてたのは、食品ニーズの高い 「塩鮭」 だったのかと、少し鼻高々でもいいかな (笑) 
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2018年05月13日

無題雑記 132

「母の日」 の前日となる12日。

万代周辺の生花店は、どこも人でにぎわっていた。
店先を占めていたのは、カーネーションと紫陽花。
この機会とばかりに、ダリアやトルコキキョウ、マリーゴールドにガーベラなども、彩りを添えていた。

よく街中でコーヒーを飲むのだが、残念なのは年々とハイカウンター席が少なくなっていること。
椅子に背もたれや肘掛けはなくても、スタンディングでカウンターに肘をつけるぐらいの高さがいい。
別名 「止まり木」 ともいわれるので、ちょっと休憩するぐらいがちょうどいいのだが。

娘のようなお客さんから 「ママへ」 と、艶のあるカーネーションをいただいた。
ボクの感性で花瓶に 「生け花風」 に飾るも 「レインボータワー」 のように真っ直ぐに活けてしまい、妻に後から 「おかしいよ」 と大修正されてしまった。

花は好きだが、コーディネートの才能はないようだ。
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2018年05月12日

いいかげん

店の薄っぺらな帳簿をつけていたら、去年11日は開店して、初めて臨時休業したのに気づいた。

曜日は木曜日。
妻の手術に朝から立ち会い、18時過ぎに主治医の説明を受けて、病院を後にしたのは19時近く。
開店が19時なので、病院からタクシーを飛ばしたものの、萬代橋にさしかかると 「今夜はいいか」 と急に気が抜けてしまった。

過去、入院に立ち会った日、父が亡くなった日であっても、使命感ゆえに店を休むことはなかった。
こういうところは、クソ真面目というか、オタオタしないというか、経験が気持ちをおちつかせる。
お客さんと談笑できる気分でもなかったが、気をまぎらわしていたかったのだろう。
しかし、気が張っていた分、ひとりになると言い知れない徒労感にも包まれた。

毎日、自転車のカゴに洗濯物を積んで見舞いへ行くため、心身の疲れもピークに入ってきた。
そのとき、少しぐらい 「いい加減」 になろうと思ったの。
いい加減というのは、字面の悪さではなく 「いいかげん」 という意味でね。
「このあたりで、ホッと一息入れておこう」 自分への 「良いかげん」 さ。

日常をあたりまえに受け止めず、日常が自分の存在をささえている、いいかげんさ。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/449823980.html
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/450185463.html
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2018年05月11日

ハーバリウム

店のバックバーに 「ハーバリウム」 を飾ってある。
10周年記念の際、プレゼントでいただき、現在は 「母の日」 の贈り物に人気があるという。

説明すると透明なボトルに花を入れて、専用のオイルを流しこみ、水中花のように見て楽しむ手作り品。
ビン底に一工夫して、LEDを貼りつけて光を点滅させると一層、全体が幻想的な見映えに広がる。
生花は儚いが、ハーバリウムは感謝の気持ちがいつまでも形に残るので、想い出の品になるだろう。

長年、母には複雑な気持ちがあった。
ある年、妻が大病を患ったとき、母が病室に付き添うようになり、次第に近しい存在になってきた。
理解できるようになるまで、時間はかかったが、ボクと母との関係に妻が気持ちの 「名通訳」 となり、親子の縁をとりもったところもある。

去年、母の日、実に40年ぶりで、形ばかりの 「カーネーション」 を贈った。
妻から 「今年は何を贈るの」 と聞かれ 「鮭の切り身とか漬物、たくあん」 と面倒くさそうに答えると 「また、照れちゃって」 と冷やかされる。

こんな照れ隠しをしているうちはまだいい。
そのうち、ゼイゼイと息を切らして歩くようになる、母の後ろ姿を見たとき、なにを思うであろうか。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/449875116.html
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2018年05月09日

諸行無常

「栄枯盛衰」 (栄えたり、衰えたりすること)
今まで気軽に行けた店が閉店するのは残念なこと。

今月、知人の飲食店が5年目にして閉店する。
開店時は祝儀訪問し、以後は同士として、時おり顔を出す程度で、見守りあっていた関係である。
しかし、その事情はどうあれ、個人事業主に終わりは必ずやってくる。

本人から、真夜中に電話やメールが入ることが度々あった。
総論的には、景気の低迷や地域の衰退、来街者数などの話が主で、各論的には 「客が来ずに暇だ」 「常連が陰で不義理をやらかしている」 など、内容的には泥臭かったりもする。

それを否定したり、横やりを入れたりせず、話は最後まで聞く。
途中で意を唱えたり、建設的な話も呈さず、聞かれない限り言わない。
相手は自分はどうすべきかわかってるはずで、本当の相談であれば齟齬 (そご) も考えられるから、直接会って話をするのが安全である。

会社勤めなら、先輩や同僚と仕事帰りの赤提灯で愚痴も言えるが、個人事業主は胸のつかえを言える相手は意外に少なく、ややもすれば家庭を巻きこむこともあるし、お客さんには愚痴れない。
だから、孤独を覚悟しておかないと、独立はしてはいけないと思う。
それに独立したのは、自分の意志であるから、最後も 「自分で答えを出せる」 はず。

それでも人の子、真夜中にだれかと話をしたいときもあるだろう。
不安と焦り、屈辱的な出来事が断片的にあふれて、ひとりで神経を高ぶらせる夜もあるだろう。
寝る前に意見をしても、ムダに神経をすり減らすから、黙って話を聞いておちつかせるのがいい。

彼はその後、手堅い飲食店グループに再就職が決まっている。
今度はチームで仕事をできるので、これからは真夜中に連絡が来ることもなさそうだ。

「諸行無常」 (世の中は移り変わり、常在するものはない)
今まであった連絡がなくなると、ボクが少しだけさびしくなるかもな。
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2018年05月08日

おしぼり

店の 「おしぼり」 をブラウンから、ブルーに変えた。

レンタルおしぼりではないから、その日の来店人数を予想して、洗浄からすすぎ、香りづけまで行ない、ホットボックスで温めておく。
正しくはおしぼりではなく、ハンドタオルだが、厚さとやわらかさにこだわったアイテムとなる。

おしぼりの使い方に、その人の個性が出る。
使用後、きれいに折りたたんで置く人もいれば、ティッシュのように投げっぱなしの人もいる。
水滴のつくカウンター廻りをこまめに拭く人もいれば、ランチョンマット代わりの人もいる。
それぞれに使い方と置き場所があるものだ。

それまで自覚してなかったが、ボクは目もとを温めてから、三つ折りにして右の手もとに置くようだ。
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2018年05月07日

無題雑記 131

世間の標準と異なる、大型連休最終日だった6日。

安堵感と同時に疲労感も出た。
GW9日中、一日だけ休日をはさんだが、50代の肉体は正直だった。

だからといって、惰眠を貪らず、惰性でも外出したり、人と会うなりして、心に刺激をあたえる。
気力が体裁を作るし、体裁が気力を作るときもある。

今日は7日。
月曜日にシトシトと降る雨は、おちついた気分になれるので好きだ。

気分はすこぶるいいし、硬い殻をバリバリにまとった体も少し軽くなった。
休日が2日あれば、1日はリフレッシュ、1日は休養にあてられるが、叶わぬのが個人事業主。
行動的な制約と精神的な不安もあるが、組織の人間関係の悩みはなく、自由は手にしている。

日曜現象 「サザエさん症候群」 もしくは 「ブルーマンデー」 (月曜の憂鬱) がないかわりに、毎日が化学反応だから、休日の翌日にムダに意識が飛んだり、どんよりと気分が落ちこむことはない。
むしろ、そういう時期は過ぎたと言えよう。

今週はGWの代休で来店されるお客さんもいるだろう。
または長期休みの気晴らしで、日常にペースを戻そうと 「いつもの店」 に立ち寄る人もいるだろう。

いずれにせよ、次の祝祭日は7月16日の海の日。
「5月の空が恨めしい」 なんて言っている、暇な感情はない。
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2018年05月06日

僕の中の少年

5日 子どもの日

暦の上では 「立夏」 だが、南西の風が強く、最高気温20度のわりには、肌寒く感じた夕方。
万代でも、行楽イベントが開催されており、家族連れや若者で賑わっていた。

子どもの日とは無縁だが、気持ちの上ではいつまでも 「子ども心」 を忘れないようにはしたい。
熟年の手前にもなれば、大概の体験はしているから、大方は身近なモノに目を向けなくなる。

ある意味、正しい成長であるが、見慣れた景色にもさして気づかなくなり、漫然と過ぎる日となりがち。
するとワクワクしなくなったり、あるいはドキドキしなくなったり、そんな自分にガッカリする。
今さら叶わぬ夢など持たぬが、子どものころ、初めて見た多くの 「ときめき」 は失いたくない。

例えば、プラモデルを完成させたときのよろこび、自転車に乗れるようになったときのうれしさ。
初恋のときの胸の高鳴り、スポーツ大会での気持ちの昂ぶり、プール授業の前のかすかな興奮度。
あるいは身近な人から影響を受けたこともあるし、本や音楽、テレビドラマで影響を受けたこともある。

つまり 「子ども心」 とは、理屈とかけはなれて 「情緒的になれるもの」 だと思える。
子どもの日だった今日、今のボクにそれがあるか。

それこそ 「僕の中の少年」 である。

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