2018年03月30日

名伯楽

国会中継で、森友学園をめぐる決裁文書改ざん問題として、安倍昭恵夫人の疑念も問われているが、夫が有名になると、妻も表舞台に立つようになり、周囲を困惑させるケースはよくある。

タイプは異なるが、野村元監督の夫人も自己顕示欲が旺盛で、私も一緒に 「成功した」 と勘違いし、運やめぐりあわせに謙虚になれず、だれかまわずケンカを売る、猛禽類なイメージを与えた。

妻を家に閉じ込め、夫の身の回りの世話だけしてればいい、古い考え方は通用しないが、夫の地位や人脈を自分のモノと誤解し、会社経営に口出しをしてきたり、人事にまで口をはさんでくる、同族経営の社長夫人も少なくはない。
夫婦の信頼関係は理解できるも 「出しゃばり奥さま」 になると周囲は困惑する。

過去、社長に仕えていた身で困ったのが 「夫人」 という、ある意味で異質な存在。
形式、役員に名を列ねてるので、無視できないが、社長の秘書を運転手にショッピングへ出かけたり、会食やパーティーなどに出席することが、社長夫人の装いだと思うようになる。

才覚があればいいが、現場の事情がわからないのに、口をはさむようになり、責任だけは転換する。
いつの間に、経営会議は井戸端会議となり、時間も損なわれ、協議が持ち越しなんてこともあった。
体質上、同族経営にはびこりやすく、社長である夫が凛としてないと、優秀な人材は辞めることになる。

一般的にも、夫や恋人が会社で昇進したり、社会的な肩書を得たりすると、その立場でチヤホヤされていることに気がつかず、表面的な地位だけで人を見る、浅はかな態度に変わるものだ。
ボクは子どものころ、両親が夜の仕事で、親戚の家に預けられていたせいか、態度に敏感なのかな。

男女平等は大いに結構だが、男女に役割分担も存在しているのだから、おたがいの役割を話し合いで果たしていく立場である。

例えれば、女性は男の傷口に触れるようなことはせず、傷の周りの痛くないところをやさしくなでながら 「私に何かできることはない」 と歩み寄れる妻 (夫人) こそ、経営的な 「名伯楽」 だと思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする